チェスター相続税実務研究所
現金計上額のアプローチ
2019/02/08
相続税の申告実務における地味ながら悩ましい論点に「現金計上額」があります。
貨幣・紙幣は無記名であり、被相続人に帰属するか否かを客観的(第三者的)に把握することは難しいものです。
よくある疑問は以下の2つです。
- いわゆる「丸い金額(例えば100万円単位)」で計上して差し支えないか
- 実際にほとんど存在しなかったので「0円」で計上して差し支えないか
❶「丸い金額(例えば100万円単位)」で計上して差し支えないか
これは、評定の現実的なタイミングがポイントになります。
被相続人が死亡した直後の悲嘆に暮れる中で、家探しをして相続財産を洗い出し、公認会計士による現金実査のように1円単位で残高を確定させるといったケースは、現実的ではありません。
実際に評定するのは、死亡時点より数か月経過した段階であり、相続税申告業務を受任し、ヒアリング時点に存在する手許現金有高から逆算して相続開始時点のそれを推計するというアプローチを採ることが一般的です。
更に、税務調査において問題になるのは尚2年ほど先のことです。
その段階に至って、税務調査上の論点は、もはや「丸い金額は検討不十分」「1円単位の金額は精緻な検討」といったものではありません。
死亡時点において即臨宅調査がされると仮定すれば、現金実査のように「1円単位」の実在性まで重要ですが、将来の税務調査の時点では、「過去の資金移動状況からすれば1,000万円程度の計上があってしかるべきなのに、なぜ100万円しかないのか」といった現金計上額の「水準(ボリューム)」が専ら論点になります。
そして、実際には、「過去の資金移動状況に照らして、申告計上額の『水準』であれば問題はなかろう」という判断によって、現金計上額の論点はパスされることになります。
税務職員は「1,000万円程度」といった水準について指摘をすることはできても、死亡時点において即税務調査ができない以上、1円単位の個別具体的な金額まで証拠を掴んで更正処分するには証拠が不十分ですし、端数に拘っても意味がありません。
そうすると、例えば現金計上額が多額で「丸い金額」であっても、その計上額の「水準」について説明できるものであれば修正申告を慫慂される可能性は低く、「丸い金額」か否かで税務職員の心証が変化するといった単純なものではないと考えられます。
❷「0円」で計上して差し支えないか
療養の末に死亡するケースが通常であり、実際に被相続人又はその親族が管理していた被相続人の現金有高が「全くない」ことも多いでしょう。
ただし、これは、被相続人を取り巻く状況・環境によって、「0円」としての計上が自然であるか否かの見立てが分かれます。
例えば、被相続人が生前に商売(特に現金商売)をしていた経歴があれば、「『手許にある程度の現金を置いておかなければ』という思考だったのではないか」と税務職員が懐疑心を働かせても不思議ではありません。
また、被相続人が不動産賃貸業を営んでおり、全て管理会社に委託して収支が完全に振込の場合には「0円」でも自然でしょうが、一部(例えば自宅隣接の貸ガレージ)でも現金による収入・支出があれば、税務職員は懐疑心を惹起することになるでしょう。
更に、「過去にATMによる出金が頻発していたにもかかわらず、相続開始時点のみ残高が0円ということが果たしてあるのだろうか」との疑問を抱くことも考えられます。
相続税申告書を審査する立場からすれば、毎回のATM出金が自己又は同居親族の平均的な生活水準程度であり、最終の出金額の範囲内で1~5万円単位の現金計上額があれば違和感がないところですが、申告書上の「全くない」という納税者の主張に対しては、「本当にそうなのか?」と勘繰りたくなるものです。
「長期にわたり重篤な病状であり、自身が現金を管理できる状況ではなく、親族にも通帳・カードを管理させていなかった」とか「老人ホームの費用は全て口座引き落としであり、生活の維持のために現金に直接触れる環境ではなかった」といったことを合理的に説明できてはじめて、「0円」としての計上に納得性が芽生えるものと考えられます。
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