チェスター相続税実務研究所
負担付贈与、負担付死因贈与及び負担付遺贈を行う際の留意点
2024/11/14
民法上、贈与に関する規定として、贈与(民549条)、定期贈与(民552条)、負担付贈与(民553条)、死因贈与(民554条)、包括遺贈及び特定遺贈(民964条)が置かれています。贈与は贈与者と受贈者双方との契約行為であるのに対し、遺贈は遺言者の単独行為です。
負担とは金銭的給付義務を伴う債務や経費などのことをいい、贈与や遺贈にこのような負担を付けることも可能です。
相続税申告の業務を行う中で、時として被相続人がこのような負担を伴う贈与や遺贈を行っていた事案に向き合うことがあります。
いずれも財産を贈与・遺贈する際に、受贈者・受遺者に何らかの義務(負担)を課す点において共通していますが、これら負担付贈与や負担付遺贈について、課税上の取扱いを正しく理解していないと思わぬ課税を受けることがあります。
そこで、今回は、負担付贈与、負担付死因贈与、負担付遺贈について、それぞれの違いや特徴、課税上の留意点など三者を比較しながら詳しく解説します。
1.負担付贈与契約
(1)定義
通常の贈与は、「当事者の一方がある財産を無償で相手方に与える(民549)」という片務契約ですが、受贈者に一定の債務を負担させることを条件にした贈与を行うこともできます。これを負担付贈与といいます。
負担付贈与については、その性質に反しない限り、双務契約に関する規定が準用される(民553)ことから、負担付贈与契約の締結後、相手方が負担を履行しない場合は契約を解除することができます(民541)。
(2)特徴等
贈与契約によって行われ、贈与者と受贈者の双方で内容を合意するため、トラブルになる可能性が比較的少ないです。
なお、受贈者は義務を履行しなければなりません。
(3) 課税関係
①負担付贈与を受けた受贈者の課税関係
個人から負担付贈与により財産を取得した場合、贈与財産の価額から負担額を控除した価額に贈与税が課されます。ここでいう贈与財産の価額とは、土地や借地権、家屋や構築物などの不動産については、贈与時の通常の取引価額に相当する金額(いわゆる時価)から負担額を控除した価額になります(負担付贈与通達※1)。
これに対し、不動産以外の贈与財産については、財産の相続税評価額から負担額を控除した価額になります。通常の贈与(負担のない贈与)の場合には、贈与財産の価額は不動産の相続税評価額となるため、負担付きとしたために、却って課税標準が高くなる恐れがあり、注意を要します。
※1 平3.12.18課評2-5「負担付贈与又は対価を伴う取引により取得した土地等及び家屋等に係る評価並びに相続税法第7条及び第9条の規定の適用について」
【例1】不動産を負担付で贈与する場合
〇負担付贈与契約書の文案
贈与者Aは長男Bに次の不動産を贈与し、長男Bはこれを受諾した。長男Bは不動産の贈与を受ける負担としてその不動産に係る次の借入債務を承継する。
- 不動産の表示 ○○
- 借入債務 債務残高1,200万円
※ 不動産の時価3,000万円、相続税評価額は2,000万円、取得費用は800万円とした場合。
長男Bの贈与税の課税価格 3,000万円-1,200万円 = 1,800万円
②負担付贈与を行った贈与者の課税関係
贈与者は、贈与した側なので贈与税は課税されませんが、負担付贈与によって贈与者に経済的利益が生ずる場合には、その経済的利益を収入金額とする譲渡所得が課税されます(所法33、36①)。
受贈者に負わせる負担が借入金の場合、贈与者は借入金の返済を免れることから、借入金相当額が譲渡収入となります。そして、この譲渡収入が取得費及び譲渡費用の合計額を上回る場合には、所得税の譲渡所得の課税対象となります。
【例2】負担付贈与により贈与者に経済的利益が生ずる場合
例1における贈与者Aの譲渡所得の計算
贈与者Aの譲渡所得 1,200万円 - 800万円 = 400万円
また、負担額(債務の額)がその資産の贈与時における時価の2分の1未満であり、かつ、その資産の取得費及び譲渡費用の額の合計額に満たない場合には、その不足額(譲渡損失)はなかったものとみなされます(所法59、所令169)。
③負担付贈与とならない敷金
賃貸不動産の所有者が、賃貸不動産に関して敷金や保証金を預かっている場合の贈与の方法には、注意が必要となります。敷金は原則として賃貸借契約の終了後に賃借人に対して返還しなくてはならないからです。そしてこの敷金(保証金)の返還義務は、不動産の所有権移転に伴い、通常は新しい所有者に移転すると考えられるため、賃貸不動産の贈与は、法形式上は「負担付贈与」に該当することとなります。
なお、賃貸不動産の贈与に当たって、この敷金の返還義務に相当する現金の贈与を同時に行っている場合には、一般的にこの敷金返還債務を承継させる意図が贈与者・受贈者間においてなく、実質的に負担付贈与に当たらないとされています(※)。この場合、贈与者から引継ぎを受けた敷金相当額については、贈与税の課税対象となりません。
※ 国税庁質疑応答事例「賃貸アパートの贈与に係る負担付贈与通達の適用関係」
2.負担付死因贈与
(1)定義
死因贈与とは贈与者が死亡することによって効力を生ずる一種の停止条件付贈与といえます。死後における財産の処分を目的としている点が遺贈と類似していることから、その性質に反しない限り、民法の遺贈の効力に関する規定が準用されます(民554)。
そして、死因贈与を行う際、受贈者に一定の債務を負担や義務を負わせることを条件にした財産の贈与のことを負担付死因贈与といいます。贈与者が死亡すると死因贈与契約の効力が生じ、受贈者は、相続財産を取得する権利を得るのと同時に、一定の負担や義務を負うこととなります。
(2)特徴等
死因贈与は贈与契約の一種ですが、贈与の効力は贈与者の死亡時に発生します。生前に贈与契約を結んでおくことで、贈与の意思を明確にすることができます。遺言と異なり、被相続人の生前に所有権移転登記の仮登記を行い、登記順位を保全することができます。
【例3】預貯金を死因贈与する代わりにペットの世話をさせる場合
〇負担付死因贈与契約書の文案
贈与者Aは知人である受贈者Bに対し預金〇〇万円及び愛猫甲を贈与する。本件贈与はAの死亡によって効力を生じ、かつ、前記財産はBに移転する。Bは本件死因贈与契約による贈与を受ける負担として、愛猫甲を引き取り飼育する。
(3)課税関係
死因贈与は贈与者が死亡したときに効力が生じることから、贈与財産は贈与税の対象ではなく、相続税の対象となります。
なお、負担付死因贈与は受贈者に負担が課せられているため、財産の相続税評価額と負担との差額について、相続税の課税が発生します。
さらに負担や義務の評価額について、贈与者に譲渡所得による所得税が課税されることとなり、被相続人(贈与者)の所得税の準確定申告が必要となります。
(4)留意点
贈与契約は口頭でも成立することから、死因贈与契約も口頭での合意で成立します。ただし、贈与の効力発生時には、贈与者は亡くなっているため、契約書がないと関係者とのトラブルに発展する可能性があります。このため、公正証書で死因贈与契約書を作成しておくことが大切です。また、死因贈与契約書の中で執行者を定めておくと、契約の履行をスムーズに行うことができます。
3.負担付遺贈
(1)定義
遺言者は包括又は特定の名義で、その財産の全部又は一部を処分することができるとされており、これを遺贈といいます。負担付遺贈は、遺贈者(財産を遺す者)が受遺者(財産を受け取る者)に対して、財産を相続させる代わりに一定の債務(義務)を負担させる遺贈のことをいいます。なお、受遺者は負担付遺贈を放棄することができます。
(2)特徴等
遺贈は、遺言によって行われるため、遺贈者の単独の意思表示で有効になり、柔軟な設計が可能です。遺言には自筆証書、公正証書、秘密証書の方式があり、厳格な要式が求められます。要式行為であり方式に違反する遺言は無効となります。
(3)課税関係
①負担付遺贈を受けた受遺者の課税関係
負担付遺贈により取得した財産の価額は、負担がないものとした場合における財産の価額から負担額(遺贈のあった時において確実と認められる金額に限る。)を控除した価額です(相基通11の2-7)。相続税評価額から負担額を差し引いた金額が課税価格となります。
【例4】不動産を負担付で遺贈する場合(例1と同様の物件等)
〇遺言書の文案
遺言者Aは長男Bに次の不動産を遺贈すると同時に、その負担としてその不動産に係る次の借入債務を承継する。
- 不動産の表示 ○○
- 借入債務 債務残高1,200万円
※ 不動産の時価3,000万円、相続税評価額は2,000万円、取得費用は800万円とした場合。
長男Bの相続税の課税価格 2,000万円-1,200万円 = 800万円
②遺言者(被相続人)の課税関係
被相続人の債務を負担付遺贈により受遺者へ負担させた場合、その消滅する債務の負担は被相続人の所得税の譲渡所得課税の対象となります。この場合、被相続人自身のその課税によって生じた所得税額等は相続税の債務控除の対象となります。
【例5】負担付遺贈により遺言者に経済的利益が生ずる場合
例4における遺言者Aの譲渡所得の計算
遺言者Aの譲渡所得 1,200万円 - 800万円 = 400万円
③負担が第三者の利益に帰す場合の課税関係
負担付遺贈に基づく負担の利益(債務が消滅するなど)が遺贈者以外の第三者に帰属するときは、その遺贈者以外の第三者は、その負担に相当する金額(消滅した債務の金額)を遺贈によって取得したものとして相続税が課税されます(相基通9-11)。
【例6】負担付遺贈により負担が第三者の利益に帰す場合
〇遺言書の文案
遺言者Aは、長男B(個人)に現金2,000万円を遺贈すると同時に、長男Bは、看護師C(個人)に200万円を支払う。
〇相続税の課税価格の計算
長男B 2,000万円-200万円=1,800万円(相基通11の2-7)
看護師C 200万円(相基通9-11)
④負担付遺贈に停止条件を付した場合の課税関係
負担付遺贈の負担が停止条件付のものであるときは、条件が成就した時に負担額相当額を遺贈によって取得したことになります。
【例7】負担付遺贈により負担が第三者の利益に帰す場合において停止条件を付す場合
〇遺言書の文案
遺言者Aは、長男B(個人)に現金4,000万円を遺贈すると同時に、長男Bは、長男の子C(個人)(令和〇年〇月〇日生)が医学部に合格したらCに対し1,000万円を支払う。
〇相続税の課税価格の計算
《相続開始時》
長男B 4,000万円
《条件が成就した時(Cが医学部合格時)》
長男B 4,000万円-1,000万円(相基通11の2-7)・相続税の更正の請求
長男の子C 1,000万円(相基通9-11)・相続税の期限後申告
4.3者の比較と留意点
次の表は上記の3者について比較したものです。
上記以外のそれぞれの制度を選択する際の注意点としては以下のとおりです。
① 移転のタイミング
生前に渡したい場合は負担付贈与、死後に渡したい場合は負担付死因贈与または負担付遺贈が考えられます。
② 契約の安全性
双方の合意によって成立する負担付贈与や負担付死因贈与は、遺贈に比べると、契約の内容を確実に履行できる可能性が高いといえます。
③ 履行の確保
受贈者が義務を履行しない場合は、贈与を取り消したり、損害賠償を請求したりできる場合があります。このような事態を招かないように、負担の内容を具体的に明記した遺言書や契約書を専門家の助言をもらいながら公証証書にて作成することなどが考えられます。
5.まとめ
負担付贈与、負担付死因贈与、負担付遺贈、三者とも負担が付された贈与契約または遺言ということができ、特徴や注意すべき点が異なります。三者の特徴というべき負担の内容については書面に具体的に明記すること、法的に有効なものであること、現実的に実行可能なものであることが必要です。受贈者(受遺者)が負担を履行しないときは、贈与者または共同相続人から取消しや解除を求められるなど後のトラブルに繋がる可能性があるからです。
また、贈与契約において、負担の内容が不当に重い場合は、贈与契約の有効性が争われる可能性があります。
課税関係に着目すると、受贈者には贈与税または相続税、受遺者には相続税が課税され、また、贈与者(遺贈者)には所得税の譲渡所得課税が生じる場合があります。負担付死因贈与または負担付遺贈においては、贈与者(遺贈者)の相続開始後、被相続人の所得税の準確定申告の申告義務の検討を相続人が行わなければなりません。そもそも申告義務が生じることを、相続人が知らなければその検討さえできません。
これらの贈与契約の締結または遺言の作成に当たっては、贈与者(遺贈者)の意図や財産の状況、受贈者の状況などを明確にし、予め税理士に贈与税や相続税の実際の負担額をシミュレーションしてもらった上で、総合的に判断して決めるとよいでしょう。
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