チェスター相続税実務研究所
借入を伴うマンションの購入と相続税の節税 ~令和4年4月19日最高裁判決~
2022/06/02
令和4年4月19日に、税理士業界を含む多方面から注目を浴びていた最高裁判決が示されました。
相続税の節税対策として、多額の借入によりマンションを購入し、そのマンションを評価通達による評価額で行った相続税申告に対する、鑑定評価額による更正処分が維持されたというものです。
多額の融資を受けてマンション等の不動産購入に充てる相続税対策、いわゆる「タワマン節税」は、書籍や新聞紙面でも盛んに目にするところです。ところが、このような不動産を活用した相続税対策が、今後は通用しなくなるかもしれません。その対策の可否をどう判断すべきか、悩ましいところです。
そこで、今回はこの判決の内容をおさらいするとともに、今後の節税対策に与える影響について検討していきます。
【事案の概要】
- 本件の相続人である原告(甲)らは、被相続人が90歳当時に購入したマンション(①)の本件相続による財産の価額を、財産評価基本通達の定める評価方法により評価し、当該マンション購入時の借入金を他財産と相殺することで、相続税額を0円として申告しました(②)。
- この申告に対し、処分行政庁(乙)は、相続財産のうちの一部の土地及び建物の価額につき、評価通達の定め(いわゆる路線価方式)により評価することが著しく不適当と認められることから、財産評価基本通達6項にいう特別の事情に該当するとして、不動産鑑定価額(③)により本件相続税の各更正処分及び過少申告税の各賦課決定処分を行いました。
- これに対し、原告(甲)は本件各更正処分等の取消しを求め、訴訟を提起しました。
- 地裁、高裁では、ともに甲らの請求は棄却されました。
相続人の評価額と国側の評価額は約4倍の開き | ||||
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評価方法 (購入・借入額) | 東京都内マンション | 川崎市内マンション | 合 計 | |
甲 (原告) | ①購入額 (借入額) | 約8億3700万円 (約6億3000万円) | 約5億5000万円 (約4億2500万円) | 約13億8700万円 (10億5500万円) |
②路線価 | 約2億円 | 約1億3千万円 | 約3億3千万円 (申告) | |
乙 (国側) | ③不動産鑑定 | 約7億5400万円 | 約5億1900万円 | 約12億7300万円 (更正処分) |
【令和4年4月20日 最高裁判決要旨】
上告棄却 処分是認(国側勝訴・納税者敗訴)
[相続税法22条からの判断]
- ① 相続税法22条の時価は、客観的交換価値である。
- ② 通達は、行政機関内の職務権限行使を指揮するもので、法的効力は有しない。
- ③ 相続税の財産価額は、財産取得時の客観的交換価値を上回らない限り、相続税法22条に違反しない。これは通達に拠り評価したか否かに左右されない。よって、鑑定価額が通達額を上回っても相続税法22条に違反しない。
[租税公平原則からの判断]
- ④ 他方、租税法の平等原則は、同様の状況にあるものは同様に取り扱われるべきことを要求している。
- ⑤ 課税庁が評価通達を上回る額で評価することは、客観的交換価値を上回らないとしても、合理的な理由がなければ租税法の平等原則に反する。
- ⑥ ただし、評価通達に拠る画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反する事情がある場合は、合理的な理由があると認められるので、平等原則に反しない。
[上記判断からする本件へのあてはめ]
- ⑦ 本件では、通達評価額と鑑定評価額とで大きなかい離があるが、このことをもって上記事情があるとは言えない。
- ⑧ もっとも、上告人は、近い将来発生することが予測される租税負担の軽減を意図し、マンションの購入・借入れを行っている。そのため、マンションの購入・借入れをせず、又は、できない者との間で看過し難い不均衡を生じさせ、実質的な租税負担の公平に反するというべきであるので、上記事情がある。
- ⑨ よって、鑑定価格による評価は適法である。
【検討】
1. 判決のポイント
- 近い将来に発生が予想される相続税の負担軽減を企図した不動産の購入と借入れによる相続税申告は、租税負担の公平に反し、是正されるリスクが高い。
2. 節税策に与える影響
それでは、不動産を活用した相続税の節税対策に与える影響としては、どのようなことが考えられるでしょうか。
本判決の判旨から、①近い将来に相続が発生する可能性が高い方が、②相続税の負担軽減を企画し、③多額の借入れにより、④不動産を購入し、⑤時価とかい離のある評価通達による評価額でもって相続税申告を行った場合、その後の税務調査により是正されるリスクが高いといえそうです。
多額の融資を受け不動産購入による相続税の節税を検討されている方、また、既に、上記①~⑤の要件に該当する方について、今後の対策を次の3パターンに分け検討してみます。
なお、本判決につき、「相続人の評価額と国側の評価額は約4倍の開きがあったから是正されたのだ」、また、「相続開始後にマンションを売却したから是正されたのだ」という情報もあります。しかし、本判決と同日の別件の最高裁判決では、相続人の評価額と国側の評価額は約2倍の開きで、かつ、相続開始後に売却していない事例でしたが、本判決と同様、国側の処分が維持されています。よって、開差の倍率及び相続開始後の売却の有無は、決定的な判断要素にはならないと考えてよいでしょう。
(1) これから相続税対策をする場合
近い将来に相続が発生する可能性が高い超高齢者の方や余命宣告を受けておられるような方による、相続税の節税効果を狙った、多額の借入による、不動産購入は、避けた方がよいでしょう。
なお、借入を伴わない不動産購入は、是正されるリスクは少ないと思われます。
(2) すでに不動産を購入した方が、これから相続税申告をする場合
実勢価格と評価通達による価格との差が著しい場合には、当初予定していた相続税の節税効果は見込めないものの、同様の不動産の売買実例による価格、鑑定評価額や購入価格を基とした価格を評価額として申告することを検討しましょう。
(3) すでに相続税申告をした場合
本判決により、国税当局はこれまで以上に評価通達6項を適用することが想定されます。上記①~④の各要件に当てはまる本判決と同様な相続税節税対策を行った相続税申告書を提出されている場合には、今後、調査を受ける可能性があります。調査通知の有無に関わらず、上記⑵に掲げた評価額などによる申告額の是正の要否の検討をお勧めします。
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