チェスター相続税実務研究所
非居住者から相続された外貨建預金を円での払い戻しを受けた場合の為替差損益
見つけやすくなります
2026/06/02
米国籍(非居住者)の被相続人から相続により取得したドル建て預金を、居住者である相続人が後日円に交換した場合、為替差損益を認識する必要はありますか?
為替差損益を認識する必要はなく、雑所得として申告する必要はないものと考えられます。
1. 事実
- ① 被相続人は米国籍の非居住者であり、米国での経済活動によって蓄積したドル建て預金を有していた。これは日本円を外貨に転換して預け入れたものではなく、米国における日常的な経済活動(給与受領・資産売却等)の積み重ねによるものである。
- ② 当該ドル建て預金は、長期にわたる入出金が繰り返された結果として残高が形成されており、個々の入出金時の取引明細は不明である。
- ③ 当然ながら、過去各入出金時の為替相場・相続開始日の為替相場・相続人が後日円に交換した際の為替相場はそれぞれ異なっており、形式的には為替差損益が生じているようにもみえる。

2. 関係法令の解釈
① 所得税法第57条の3(外貨建取引の換算)の適用範囲
為替差損益の課税根拠となりうる条文は、所得税法第57条の3のみです。同条は「居住者」の「外貨建取引」について適用される規定であり、その文言上、適用対象は居住者が自ら行う外貨建取引に限られます。
相続による資産の引き継ぎは、同条にいう「取引」には含まれないものと解されます。
相続は被相続人から相続人への包括的な権利義務の承継であり、居住者である相続人が外貨を取得するという「取引」を行ったとは評価できません。したがって、相続によって取得したドル建て預金を後日円転した場合であっても、同条を直接の根拠として為替差損益を認識させることはできません。
② 所得税法第7条(課税所得の範囲)と非居住者の所得
所得税法第7条第1項第3号は、非居住者が課税される所得を「同法第164条第1項各号に規定する国内源泉所得」に限定しています。
本件の被相続人は米国籍の非居住者であり、問題となるドル建て預金は米国での経済活動によって生じたものです。したがって、当該預金から生じる所得(利子、為替差損益)は国内源泉所得に該当しません。
③ 所得税法第165条(非居住者への準用規定)の射程
所得税法第165条は、非居住者の国内源泉所得に対して所得税法第57条の3・第67条の4等の規定を準用する旨を定めています。
しかし、本件のドル建て預金から生じる所得はそもそも上記②により国内源泉所得に該当しないため、第165条による準用の前提を欠きます。 結果として、非居住者である被相続人の外貨預金の預入れには所得税法第57条の3の適用がなく、相続人がこれを引き継いだとしても同規定を課税根拠とする余地はありません。
④ 所得税法第67条の4(相続による取得価額の引継ぎ)の不適用
所得税法第67条の4は、「居住者が相続により雑所得の基因となる資産を取得した場合、その取得価額は被相続人の取得価額を引き継ぐ」旨を規定しています。課税当局・調査担当者によっては、この条文を根拠に、被相続人がドル預金を入金した時点の為替換算額及び相続人による円転時の為替換算額の差額が為替差益に当たるとの主張を展開してくるケースも見受けられます。
しかし、この解釈には二つの根本的な問題があります。
第一に、外貨は「雑所得の基因となる資産」に該当しません。
東京地方裁判所令和5年3月9日判決は、外貨(貨幣)について「商品の価値尺度や交換手段として社会に流通するものであり、その性質に照らせば貨幣自体の価値の増加又は減少を観念することはできない」と判示し、外貨が所得税法第60条・第67条の4の適用対象となる「資産」には該当しないことを明らかにしました。
為替差益とは、外貨という「物」自体が値上がりして生じる利益ではなく、異なる通貨間の交換比率(レート)の変動による相対的な経済的価値の差異にすぎません。したがって、第67条の4の適用対象となる「資産」の要件をそもそも満たしません。
第二に、被相続人への第57条の3の適用がない以上、引き継ぐべき「取得価額」が法的に存在しません。
上記②・③で述べたとおり、米国での経済活動によって預け入れたドル建て預金から発生した所得は、非居住者の国内源泉所得に当たらず、所得税法第57条の3の適用がありません。取得費の特定に係る法令の規定が存在しない以上、課税の根拠となる課税要件は満たしておらず、租税法定主義(憲法第84条)の観点から課税できないものと解されます。
3. 本件への当てはめ
以上の法令解釈を本件に当てはめると、次のとおり整理されます。
本件のドル建て預金は米国籍の非居住者が米国での経済活動により形成したものであり、被相続人のドル預金取引時においては所得税法第57条の3の適用がありません。
そもそも被相続人のドル預金の取引明細が判明しない以上、同条を適用すべき取引は特定できません。
なお、相続による資産の引き継ぎは同条に規定する「取引」に含まれず、相続開始時に同条の適用はありません。
また、同法67条の4により、仮に取得価額を引き継ぐとしても、被相続人の取得日・取得レートを特定することは事実上不可能であり、かつ、外貨は同条に規定する「雑所得の基因となる資産」に該当しません。
これらのことから、居住者である相続人が非居住者である被相続人より相続により取得したドル建て預金を後日円に交換した場合であっても、所得税法上の為替差損益は認識できず、雑所得として申告する必要性はないものと解されます。
4.実務上の留意点
本件のような国際相続における外貨預金の課税問題については、税務当局からの明確な法令解釈通達・質疑応答事例等が公表されていません。
課税庁から指摘を受けた場合は、上記を参考に法的根拠を整理し、毅然と対応することが重要です。
(参考判例、裁判例)
- 東京地裁令和5年3月9日判決(令和2年(行ウ)323号)フェラーリ事件 (控訴審:東京高裁令和5年11月30日判決、最高裁令和6年6月27日上告不受理)
- 東京地裁令和4年7月14日判決(令和2年(行ウ)195号)(控訴審:東京高裁令和5年4月19日判決、最高裁令和6年1月17日上告不受理)
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