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農地の相続税はいくらかかる? 手続きや注意点・納税猶予の特例を適用するには?

亡くなった方が農地を所有しており、相続財産(遺産)に農地が含まれていた場合、その農地は相続税計算においてどのように評価されるのでしょうか? 市街地にある農地や広大な農地の場合、相続税評価額が高額となり、結果として相続税の負担が重くなることがあります。

一方、農地には、一定の要件を満たすことで、相続税の納税猶予が認められる特例制度も用意されています。

本記事では、農地を相続する可能性がある方、あるいはすでに相続した方に向けて、農地を含む相続税の計算方法から、農地の相続税評価方法、また納税猶予特例の内容や要件など、農地の相続税についてくわしく解説します。

1.農地の相続税はどのように決まる?

そもそも農地とはなにか、また、農地の相続税はどう決まるのか、最初に、その考え方の概要を確認しましょう。

1-1.土地が農地かどうかは「現況」で決まる

農地の相続税について考える第一歩は、その土地が農地かどうかを判定することです。

相続税においては、その土地が「農地」に該当するかどうかは、登記簿上の地目(田、畑など)で判定するのではなく、土地の現況によって判定するものとされています。

「土地の地目は、登記簿上の地目によるのではなく課税時期の現況によって判定します。」
出所:国税庁ホームページ「土地の地目の判定-農地」

この考え方によれば、農地としての相続税評価の対象になるのは、現に農作物の栽培のために耕作されている土地、あるいは耕作されていなくても耕作しようと思えばいつでも耕作できる土地となります。

1-2.農地の相続税はどのように決まる?

農地を保有している方が亡くなって相続が発生すると、現金・預金などとあわせて、農地も相続財産として相続税計算の対象となります。

ただし、相続税は、例えば「農地1筆あたりの相続税額はいくら」といった具合に、財産種類ごとに決められる仕組みではありません。

相続が発生した時に、亡くなった方(以下「被相続人」といいます)が保有していた「すべての財産」の金額を合計し、その金額から「相続税の基礎控除額」を控除した金額を基にして、相続税を計算します。

そのため、相続税を計算する際には、最初に、すべての相続財産について、その財産が「いくら」なのかを求めなければなりません。これを「相続税評価額」といいます。

農地についても、その農地の区分に応じて定められた評価方法により、相続税評価額の算定をおこないます。

それから、他のすべての財産と合計して、その合計額を基準として、相続税を計算するのです。

なお、上でいう「すべての財産」は、正確にいうと、すべての「財産的な権利・義務」となります。これには、預貯金や不動産、自動車などの「プラス財産」のほか、借金やクレジットの未払金などの債務=「マイナスの財産」も含むことに注意してください。

以下では、このプラスの財産とマイナスの財産を合計したすべての財産のことを「相続財産」といいます。相続財産は、「遺産」と呼ばれることもありますが、意味は同じです。

2.農地を含む相続財産の相続税の計算方法

次に、具体的な相続税の計算方法を見ていきます。繰り返しとなりますが、相続税の計算は相続財産すべてに対しておこなわれるものであり、「農地の相続税」のように財産ごとの個別に計算がおこなわれるものではありません。したがって、下記では全体のプロセスを確認します。

2-1.(1)相続人を確定する

まずは、相続人の構成と人数を確定させます。相続人の構成と人数により、相続税額が変わるためです。誰が相続人になるのかは民法に詳細な規定がありますが、本記事では解説は省略します。くわしくは以下の記事を参照ください。
(参考)法定相続人の範囲を図解でわかりやすく-相続割合は相続人の順位で決まる

2-2.(2)被相続人の相続財産を洗い出し、各財産の相続税評価額を求める

遺産が現金や預金だけであれば、それが「いくら」なのかはすぐにわかります。しかし、不動産などの場合には、それを「いくら」として評価して財産を計算すればいいのでしょうか。

相続人が勝手に「これくらいの相場だろう」などと判断して、評価額を決めてしまっては、課税上の不公平が生じます。

そこで、国税庁では、「財産評価基本通達」という通達により、相続財産の評価方法のルールを定めています。遺産に含まれるすべての財産は、同通達で示されている方法によって相続税評価額を計算します。もちろん、農地も同様です。

なお、具体的な農地の評価方法は複雑なので、「3.農地の区分ごとの相続税評価方法」の項目でくわしく解説します。

2-3.(3)遺産の分割割合を決める

相続人が確定し、遺産額が確定したら、遺産を相続人の間でどのように分けるのか、遺産の分割割合を定めます。

遺言が残されている場合、原則的に遺言内容にしたがって遺産は分割されます。

また、遺言がない場合は、全相続人の参加による遺産分割協議を実施し、遺産分割割合を決めます。遺産分割協議で定められた内容は遺産分割協議書にまとめられます。

相続人には、法定相続割合という、遺産の分割割合の「目安」が民法で定められています。

ただしこれはあくまで目安なので、実際の遺産分割割合は、遺言による決定であれ、遺産分割協議による決定であれ、法定相続割合どおりにおこなう必要はありません。もちろん、法定相続割合どおりでもかまいません。法定相続分については、下記の記事も参照してください。
(参考)法定相続分とは何か?計算方法や遺留分との違いを解説!

2-4.(4)「正味の遺産額」を求める

相続税の計算対象になる相続財産は、被相続人が所有していたすべての財産的な権利・義務ですが、それだけではありません。

まず、被相続人の財産的な権利・義務でないにもかかわらず、相続税の計算上は財産とみなされる「みなし相続財産」というものがあります。これには、被相続人の死亡を契機として支払われ、相続人が受け取る一定の生命保険金や死亡退職金が含まれます。

その他、被相続人が生前に相続人に贈与した一定の贈与財産なども、相続財産に加算されます。

一方、マイナスの財産としては、被相続人の借金などのほかに、相続人が支払った一定の葬儀費用も含まれます。さらに、被相続人の財産であっても、相続税が非課税となる財産(一定の祭祀用資産など)もあります。これらをすべて洗い出し、加減計算をして「正味の遺産額」を求めます。

2-5.(5)「正味の遺産額」から、相続税の基礎控除額を差し引いて「課税遺産総額」を求める

相続税には、一定の基礎控除額が認められています。これは「3,000万円+(600万円×法定相続人の数)」で求められます。

「正味の遺産額」から、相続税の基礎控除額を差し引いた残りが、「課税遺産総額」として、相続税課税の対象となる遺産になります。「正味の遺産額」が基礎控除額以下であれば、相続税は課税されません。

【設例】
正味の遺産額:2億円
相続人:3名

【計算例】
基礎控除額:3,000万円+600万円×3=4,800万円
課税遺産総額:2億円-4,800万円=1億5,200万円
引用元:国税庁パンフレット「暮らしの税情報

2-6.(6)「相続税の総額」を算出する

課税遺産総額を、法定相続分の割合で分割したものと仮定して、「法定相続分による各自の相続額」を求めます。そしてその金額を、相続税の速算表に当てはめて、「法定相続分による各自の相続税額」を求めます。

▼相続税の速算表
法定相続分に応ずる取得金額 税率 控除額
1,000万円以下 10%
3,000万円以下 15% 50万円
5,000万円以下 20% 200万円
1億円以下 30% 700万円
2億円以下 40% 1,700万円
3億円以下 45% 2,700万円
6億円以下 50% 4,200万円
6億円超 55% 7,200万円
出典:国税庁ホームページ「相続税の税率

その上で「法定相続分による各自の相続税額」を合計して、「相続税の総額」を算出します。

【設例】
課税遺産総額:1億5,200万円
相続人:配偶者、長男、次男の3名

【計算例】
・法定相続分による各自の相続額
配偶者の法定相続分1/2:7,600万円
長男の法定相続分1/4:3,800万円
次男の法定相続分1/4:3,800万円

・法定相続分による各自の相続税額(速算表を適用)
配偶者:7,600万円×30%-700万円=1,580万円
長男:3,800万円×20%-200万円=560万円
次男:3,800万円×20%-200万円=560万円

・相続税の総額
1,580万円+560万円+560万円=2,700万円

2-7.(7)実際の各相続人が納める相続税額を計算する

「相続税の総額」を求めたら、その総額を、相続人が「実際に相続した遺産の分割割合」に応じて、各自が実際に納税すべき相続税額を求めます。

もし、実際に相続した遺産の分割割合が法定相続分による割合であれば、上記の法定相続分による各自の相続税額がそのままの金額となりますし、異なる割合で遺産分割しているのであれば、実際の分割割合にしたがって按分計算をします。

さらに、個人にかかる相続税の税額控除(例えば「配偶者の税額軽減」)などがあれば、この段階で求めた税額から控除します。

それらの控除後、最終的に求められた相続税額を、各相続人が申告・納付します。

【設例】 ・正味の遺産額:2億円

・実際の遺産分割による相続額(相続割合)
配偶者:1億4,000万円(70%)
長男:4,000万円(20%)
次男:2,000万円(10%)

・相続税の総額:2,700万円

【計算例】
・実際の各自の相続額
配偶者:2,700万円×0.7=1,890万円 →「配偶者の税額軽減」適用により、課税額は0円
長男:2,700万円×0.2=540万円
次男:2,700万円×0.1=270万円

3.農地の区分ごとの相続税評価方法

上で見たように、相続税はすべての相続財産の評価額を合計して、その合計額を基準として計算されます。

農地が相続される場合、農地の相続税評価額が高ければ、相続財産の合計額も高くなり、結果として相続税額も高くなります。逆に、農地の相続税評価額が低ければ、相続税額も低くなります。相続財産の評価額合計が基礎控除額以下なら、相続税はかかりません。

その重要なポイントとなる農地の相続税評価の方法について見ていきます。

3-1.税法上の農地区分と、農地法上の農地区分

一口に「農地」といっても、その農地の所在する地域の状況は様々であり、農地として利用するしかないケースもあれば、農地以外の用途で利用した方が望ましいケースもあるなど土地の価値に差があります。

そこで、国税庁では農地を4つの区分に分類し、それぞれの区分に応じた評価方法を定めています。農地の相続税評価額は、その農地の「区分」に応じた評価方法によって求められることとなっています。

3-2.農地法上の農地の区分

農地の区分には、国税庁による区分のほか、農地法による区分もあります。農地法の区分では、農地の所在地のほか自然条件や周囲の環境により、5種類に区分されます。農地法の5種類の区分は、国税庁の4種類の区分とも関連しているので、まず、農地法による5種類の区分を確認し、後にそれと対比しながら、相続税法上の区分を確認していきます。

農地区分 内容 転用許可の方針
農振農用地区域内農地 市町村が定める農業振興地域整備計画の中で、農振農用地区域とされた区域内の農地 原則不許可
転用するには、農振農用地から外すための手続きをおこなう必要がある
甲種農地 市街化調整区域内にあり、特に良好な営農条件を備えている農地
・集団的に存在する農地(おおむね10ヘクタール以上)で、高性能な農業機械による営農に適している
・農業公共投資(土地改良事業等)から8年以内である
原則不許可
第1種農地 良好な営農条件を備えている農地
・集団的に存在する(おおむね10ヘクタール以上)
・農業公共投資の対象である
・高い生産性が認められる
原則不許可
第2種農地 「市街化の区域内または市街地化の傾向が著しい区域内にある農地(第3種農地)」に近接する区域やその他市街地化が見込まれる区域内にある農地 代替地で転用の目的を達成できる場合には、許可されない
第3種農地 市街地の区域内または市街地化の傾向が著しい区域内にある農地 原則許可

「農振農用地区」とは、農業の振興を促進する目的で設けられた農業振興地域(農振地域)の農用地区域のことです。

農振地域は今後相当期間にわたって農業振興を図るべき地域、農用地区域とは農業用水や区画整理などの土地改良事業が行われた、生産性の高い農地を指します。

「市街化調整区域」とは、都市計画法に基づき市街化を抑制すべきとして定められた区域をいいます。

新たな建築物を建てるなどの開発行為は、原則として都道府県知事の開発許可が必要になります。

3-2-1.農地の転用の制限

農地を農地以外の目的に利用することを、農地の「転用」といいます。

農地法上、土地利用の調整や優良農地確保のため、農地の転用には、原則として農林水産大臣または都道府県知事の許可を要すると規定されています。これが「農地の転用の制限」です。

上記の区分表でわかるように、「第3種農地」以外の農地では、原則的に転用は困難になっています。

3-3.相続税評価上の農地の区分

相続税評価上の農地の区分は以下の4種類になります。

  • 純農地
  • 中間農地
  • 市街地周辺農地
  • 市街地農地

それぞれの区分の意義、および相続税評価額の評価方法について解説します。

3-4.純農地の意義と相続税評価方法

純農地とは、具体的には以下のような農地をいいます。

  • 農振農用地区域内農地
  • 市街化調整区域内にある農地のうち甲種農地または第1種農地
  • 上記以外の農地のうち、第1種農地に該当するもの(ただし、近傍農地の売買実例価額などから、第2種農地または第3種農地に準ずると認められるものを除く)

純農地は、その名の通り、原則として他の用途への転用が難しく、今後も農地として引き続き利用することが想定される農地です。そのため、相続税評価はもっとも低い区分になります。

3-4-1.相続税評価方法

純農地の相続税評価額は、「倍率方式」によって計算します。

「倍率方式」とは、その農地の固定資産税評価額に、国税局長が地域ごとに定める一定の倍率を乗じて評価する方式です。倍率方式における倍率は、国税庁Webサイトの「財産評価基準書 路線価図・評価倍率表」で確認できます。

3-5.中間農地の意義と相続税評価方法

中間農地とは、以下のような農地をいいます。

  • 第2種農地
  • 第2種農地以外の農地のうち、近傍農地の売買実例価額や精通者意見価格等に照らし、第2種農地に準ずる農地と認められるもの

中間農地は、農地法の分類では、第2種農地が該当します。先に掲載した農地法の区分表にあるように、「市街化の区域内または市街地化の傾向が著しい区域内にある農地」に近接する区域や、その他市街地化が見込まれる区域内にある農地であり、今後は市街地化が見込まれるものの、すぐには他の用途に転用されないと考えられる農地です。

3-5-1.相続税評価方法

中間農地は、倍率方式により評価をおこないます。
純農地と評価方法は同じですが、同一地域にある場合、「評価倍率表」記載の倍率が、純農地より高くなります。つまり、純農地より高い相続税表額になるということです。

3-6.市街地周辺農地の意義と相続税評価方法

市街地周辺農地とは、以下のような農地をいいます。

  • 第3種農地
  • 第3種農地以外の農地のうち、近傍農地の売買実例価額や精通者意見価格等に照らし、第3種農地に準ずる農地と認められるもの

市街地の周辺など、市街地化の傾向が著しい地域にあるため、今後、他の用途に転用されることが見込まれる農地です。

3-6-1.相続税評価方法

市街地周辺農地については、まず次で見る「市街地農地」であるとして相続税評価額を計算し、その80%に相当する金額が、評価額となります。市街地に近いものの、完全な市街地ではないので、“8掛け”にしているという考え方です。

3-7.市街地農地の意義と相続税評価方法

市街地農地は、以下のような農地をいいます。

  • 「農地の転用の制限」または「農地または採草放牧地の転用のための権利移動の制限」に規定する転用許可を受けた農地
  • 市街化区域内にある農地
  • 農地法等の規定により、転用許可を要しない農地として都道府県知事の指定を受けたもの

「農地の転用の制限」に対して、すでに転用の許可を受けた農地、あるいはいつでも転用することができる農地(転用許可を要しない農地)が、市街地農地に該当します。転用が可能であることから、一般的に、農地としてはもっとも高い相続税評価額になります。

3-7-1.相続税評価方法

市街地農地は、倍率方式か宅地比準方式のいずれかで評価をおこないます。
「宅地比準方式」とは、その農地が宅地であるとした場合の1平米あたりの価額から、その農地を宅地に転用する場合にかかる1平米あたりの造成費を控除した金額に、農地の地積を乗じて計算します。
1平米あたりの宅地造成費の金額は、都道府県ごとに国税庁が定めています。

【宅地比準方式】
(その農地が宅地であるとした場合の1平米あたりの価額-農地を宅地に転用する場合にかかる1平米あたりの造成費)×地積=評価額

3-8.生産緑地

ここまで紹介した相続税評価上の農地の4区分とは別に、「生産緑地」と呼ばれる農地区分があります。

生産緑地とは、良好な都市環境の形成を図るため、市街化区域内の農地を計画的に保全していこうとする主旨の制度です。
都市計画法に基づき、「生産緑地地区」に指定された市街化区域内の農地が生産緑地となります。

農地が生産緑地地区に指定されると、その生産緑地について建築物の新築、宅地造成などをおこなう場合には、市町村長の許可を受けなければなりません。しかし、農産物の生産集荷施設や市民農園などを設置する場合以外は、原則としてこの許可は下りません。つまり、生産緑地は、農業以外の利用に転用することは、ほぼ不可能な農地です。

このような厳しい転用制限がある一方で、生産緑地には、「買取りの申し出」制度が設けられています。生産緑地に指定されてから30年の経過以後、または、農林漁業の主たる従事者が死亡した場合などには、生産緑地の所有者は、市町村長に対してその生産緑地を「時価」で買い取ってもらうことを申し出ることができるという制度です。

3-8-1.生産緑地の相続税評価方法

生産緑地の相続税評価は、その土地が生産緑地でないものとして評価した価額から、一定割合の金額を控除した金額となります。

その土地が生産緑地でないものとして評価した価額×(1-下記のいずれかの「割合」)
3-8-1-1.「買取りの申し出」をすることができない生産緑地

課税時期(相続時)から買取りの申し出をすることができる日までの期間に応じて、以下の割合となります。

課税時期から買取りの申し出をすることができることとなる日までの期間 割合
5年以下のもの 10%
5年を超え10年以下のもの 15%
10年を超え15年以下のもの 20%
15年を超え20年以下のもの 25%
20年を超え25年以下のもの 30%
25年を超え30年以下のもの 35%
3-8-1-2.「買取りの申し出」をすることができる、または、すでにしている生産緑地

課税時期(相続時)において、すでに市町村長に対し買取りの申し出がおこなわれていた生産緑地、または買取りの申し出をすることができる生産緑地の場合、上記算式に当てはめる割合は一律で「5%」となります。

4.相続税が軽減される農地を相続した場合の納税猶予の特例

農地に高額な相続税が課されると、相続した人が相続税納税のために農地を売却したり、離農したりする事態が起こりやすくなります。それを防ぐために、1975(昭和50)年に相続税に「農業相続人が農地等を相続した場合の納税猶予の特例」(以下「農地の納税猶予特例」と略記)が設けられました。

これは、相続または遺贈により農地等(農地、採草放牧地および準農地)を取得して、その土地で引き続き農業がおこなわれる場合には、一定の要件のもとに、本来の相続税額のうち「農業投資価格」を超える部分に対応する相続税の納税が猶予されるという制度です。さらに、納税猶予を受けていた相続人が死亡した場合等には猶予税額が免除されます。
この特例により、農業を継続する相続人の相続税の負担が大幅に軽減されることとなりました。

4-1.納税猶予される税額の計算

農地の納税猶予特例によって納税猶予される相続税額は、以下の算式で計算されます。

農地を通常の計算方法で計算した場合の相続税額-農地を農業投資価格により評価した場合の相続税額=納税猶予される相続税額

算式だけでは少しわかりにくいですが、イメージを図で表すと、以下のようになります。

▼農地の納税猶予特例のイメージ

「農業投資価格」とは、恒久的に農業に使用される土地が取引されるとした場合に通常成立すると認められる価格として、国税庁が決定した価格のことで、都道府県ごと、農地の種類ごとに、10アール(1,000平米)あたり20万円~90万円程度と定められています。
例えば、東京都で「畑」の場合は、10アール(1,000平米)あたり84万円となっています。

▼東京都の農業投資価格の金額表(令和4年分)
出所:国税庁ホームページ農業投資価格の金額表

仮に、農地を通常の計算方法で計算した場合の1平米の評価額が10万円だとすると、1,000平米では1億円になります。

特例が適用されない場合(本来の税額) 特例が適用される場合
農地の評価額1億円で計算された相続税額になる。 「農地の評価額1億円で計算された相続税額-評価額84万円で計算された相続税額」の部分が、納税猶予される。
→評価額84万円で計算された相続税額になる。

上記の例をざっくりいうと、「1億円」の相続税評価額が「84万円」になるので、99%以上も評価額が減額されるという大きな効果をもたらします。

4-2.農地の納税猶予特例を受けるための要件

農地の納税猶予の適用を受けるためには、①被相続人、②相続人、③農地、の3種類に関して、それぞれ詳細に定められた要件を満たしている必要があります。以下、それぞれの要件を確認します。

4-2-1.①被相続人に関する要件

農地の納税猶予特例の適用を受けるためには、被相続人が以下のいずれかに該当する必要があります。

①死亡の日まで農業を営んでいた。
②死亡の日まで特定貸付け等をおこなっていた。
 なお、「特定貸付け等」とは、市街化区域外の農地や採草牧草地について、農業経営基盤強化促進法などの法律に基づいておこなう農地中間管理事業または利用権設定等促進事業による貸付け、および生産緑地地区内の農地を対象とする認定農地貸付けまたは農園用地貸付けをいいます。
③死亡の日まで相続税の納税猶予の適用を受けていた農業相続人で、障害、疾病などの理由により自身で農業を続けることが困難になったため、賃借権等の設定による貸付けをし、税務署に届出をおこなった。

このほか、農地等の生前一括贈与による納税猶予の適用を受けた人が亡くなった場合も、相続税の納税猶予の適用があります。

4-2-2.②相続人に関する要件

農地の納税猶予の特例を受けられる相続人は、以下のいずれかに該当する人です。

①相続税の申告期限(被相続人が死亡した日の翌日から10か月以内)までに農業経営を開始し、その後も引き続き農業経営をおこなうと認められる。
②相続税の申告期限までに特定貸付け等をおこなった。

このほか、農地等の生前一括贈与による納税猶予の適用を受けた受贈者も、相続税の納税猶予の適用を受けられます。

4-2-3.③農地に関する要件

農地の納税猶予特例が適用される農地を「特例農地等」といいます。特例農地等に該当するのは、以下のような農地です。

①被相続人が農業の用に供していた農地等で相続税の申告期限までに遺産分割されたもの
②被相続人が特定貸付け等をおこなっていた農地等で相続税の申告期限までに遺産分割されたもの

このほか、農地等の生前一括贈与による納税猶予の適用を受けた農地についても、相続税の納税猶予の対象となります。

5.農地の納税猶予特例を受けるための手続き

農地の納税猶予特例の適用を受けるためには、以下の手続きが必要となります。なお、手続きは相続時の1回限りではなく、3年ごとに手続きをしなければならない点に注意してください。

5-1.農業委員会から「相続税の納税猶予に関する適格者証明書」の交付を受ける

農地がある市区町村の農業委員会から、「相続税の納税猶予に関する適格者証明書」を交付してもらいます。これは、被相続人が死亡の日まで農業を営んでいたことや、相続人が農業経営をおこなうと認めることなどを証明してもらう書類です。発行に際しては、現地調査がおこなわれる場合もあります。

5-2.相続税の申告手続きとあわせて必要書類提出、担保提供をする

被相続人が亡くなった人の翌日から10か月の相続税申告期限内に、相続税の申告書を提出し、必要に応じて納税します。その際、相続税申告書とあわせて、以下の書類を提出します。

  • 相続税の納税猶予に関する適格者証明書
  • 相続税の納税猶予の特定貸付けに関する届出書(特定貸付け等を行っている場合のみ)
  • 担保として提供する財産の明細書など担保に関する書類

特例を受ける際には、納税猶予となる税額と利子税の額に見合った担保を提供する必要があり、相続税の申告にあわせて担保の提供もおこないます。

なお利子税とは、納税猶予されていた税額を納付しなければならなくなった場合に、その税額と猶予されていた日数、そして相続人の区分などにより定められた率を基に計算される税金のことです。

5-3.継続届出書を3年ごとに提出する

農地の納税猶予の適用を継続して受けている間は、相続税の申告期限から3年を経過するごとに「継続届出書」を税務署に提出しなければなりません。

この時、継続届出書のほかにも提出しなければならない書類があります。

  • 農業または特定貸付け等を継続していることの証明書(農業委員会に依頼して交付してもらいます)
  • 特例農地等の異動の明細書
  • 特例農地等にかかる農業経営に関する明細書

継続手続きが毎年であれば忘れにくいのですが、3年ごとであるため、うっかり忘れてしまうこともあります。

期日までに継続手続きをしないと、納税猶予が取り消される場合があります。納税猶予が取り消されると、納税が猶予されていた相続税額に利子税を加えた金額を全額納付しなければなりません。

くれぐれもうっかり失念することがないように、税理士などに手続きを依頼しておくことも検討したほうがいいでしょう。

6.農地の納税猶予特例の適用を受ける際の注意点

農地の納税猶予特例は、あくまで納税義務が「猶予」(先延ばし)されているだけであり、納税が「免除」されるわけではありません。納税猶予と免除の違いや、納税猶予が取り消される条件を理解しておきましょう。

また、一定の条件に該当すると、猶予されていた税額は免除となります。どのような場合に免除となるのかも確認しましょう。

6-1.納税猶予が打ち切られる場合

以下のいずれかのケースに該当すると農地の納税猶予は取り消され、猶予されていた相続税と利子税をあわせて納付しなければなりません。

①相続した農地を譲渡、貸付(特定貸付け等など一定の場合を除く)、転用、耕作放棄した場合。
②農業経営を廃止した場合。
③継続届出書の提出がなかった場合。
④担保価値が減少したために担保の増加や変更を求められたにもかかわらずこれに応じなかった場合。
⑤生産緑地の買取りの申し出または指定の解除があった場合。
⑥特例農地等が特定市街化区域農地等に該当することとなった場合。
なお、「特定市街化区域農地等」とは首都圏(茨城県、埼玉県、東京都、千葉県、神奈川県)、中部圏(愛知県、三重県)、近畿圏(京都府、大阪府、兵庫県、奈良県)にある指定された市にある農地のことです。

農地の納税猶予は、あくまで、相続した農地で農業が継続されることを前提としています。そのため、農業をやめてしまうような場合には、納税猶予の適用は受けられなくなることに注意しましょう。

6-2.納税猶予された税額が免除される場合

以下のいずれかに該当すると、納税猶予されていた税額が「納税免除」となります。
納税が免除されれば、その後に農業をやめても、猶予されていた相続税を納付する必要がなくなります。

  • ①農地を相続した相続人が死亡した場合。
  • ②相続人が後継者に農地を生前一括贈与した場合。
    (この場合、贈与された後継者は、贈与税の納税猶予の適用を受けられます。)
  • ③三大都市圏の特定市以外の市街化区域内農地(生産緑地を除く)については、相続人が20年間農業を継続した場合。

③の農地以外では、納税猶予を受けた相続人が死亡するか、後継者に農業を承継させるかのいずれかまでは、免除されることはないということです。

7.農地の相続手続き

財産を相続する際には、様々な相続の手続きが発生しますが、農地の場合、一般的な宅地の相続とは異なる、特有の手続きが必要です。また、相続人が農業を承継するかしないかによっても、手続きが異なるものがあります。
ここでは、一般的な相続手続き以外の、農地特有の手続きを確認しておきます。

7-1.相続登記(農地の名義変更)

農地を相続した相続人は、農業をおこなうかどうかに関係なく、法務局で所有権移転登記をおこなわなければなりません。この手続きは、農地に限らず、すべての不動産を相続した場合に発生するもので、自宅不動産などと一緒に手続きをします。

相続による不動産の所有権移転登記(名義変更)のことを「相続登記」といいます。

相続登記は、令和6年4月1日以降は法律により義務化されます。それまでは法律上は任意ですが、トラブル防止のため、通常は相続登記をおこないます。

相続登記には、登記申請書のほか、被相続人の戸籍謄本、相続人全員の印鑑証明書、遺言がある場合は遺言書が、遺言がない場合は遺産分割協議書が必要になります。

遺産分割協議がまとまっていなければ相続登記はできないことに注意しましょう。

7-2.農業委員会への相続の届出

農地を相続した相続人は、そのことを農業委員会に届出なければなりません。この届出は、相続人が農業をおこなうかどうかには関係なく、農地を相続したすべての人に必要です。

農業委員会への届出は、相続開始を知ってから10か月以内におこなうものとされています。
この期限は、相続税申告書の提出および相続税の納付と同じであり、期限を過ぎてしまった場合には過料が科されることもあります。

農業委員会への届出の際には、相続登記後の登記事項証明書が必要になります。

この届出に加えて相続税の納税猶予特例の適用を受ける場合は、そこから逆算して、できるだけ余裕を持って遺産分割協議を成立させるようにしましょう。

なお、農地特有の手続き以外の、一般的な相続手続については、下記の記事を参照ください。
(参考)『相続』の手続きと流れ ~必要な知識と実務のすべて~

8.農地の相続でよく起こるトラブルや注意点と、その対策

農地が相続財産に含まれている場合によくあるトラブルとその対策についてご紹介します。

8-1.農業を引き継ぐ人がいない

相続人の中に農業をおこなう人がいない場合、農地を積極的に相続したいという人が誰もいないことが考えられます。相続人が農地を押しつけ合うような形になると、遺産分割協議が、なかなかまとまらなくなります。遺産分割協議がまとまらないと、相続税申告など様々な面で不利益が発生する可能性があります。

その対策としては、相続発生前から、農業を引き継ぐ人がいないとわかっているのなら、被相続人の生前に農地を売却などしておくことが考えられます。あるいは、農地を分筆して相続人になるべく均等に引き継がせるような内容の遺言を作成しておき、遺産分割協議を不要にするという方法もあります。

8-2.農地を相続してしまったが不要なのでなんとかしたい

農業を引き継ぐ人がいないなら、上記のように、生前に売却などの対策をしておくことも検討したほうがよいのですが、相続はいつ発生するか予測ができず、突然発生することもあります。

生前に特段の対策がとられないまま、農業をしないのに農地を引き継いでしまった相続人は困ってしまいます。農地区分にもよりますが、農地を相続しても、「売ることも、貸すこともできず、固定資産税などの支出だけがかさむ」という状況になってしまうこともよくあります。

そんなケースでは、「相続放棄」や、令和5年4月27日からはじまる「相続土地国庫帰属制度」の利用を検討するとよいでしょう。前者は原則的にすべての遺産を放棄することになりますが、後者は、いらない土地だけを、国に“あげてしまう”ことができる制度なので、場合によっては使い勝手がいいでしょう。

相続放棄や、相続土地国庫帰属制度については、下記の記事を参照してください。
(参考)相続放棄とは?メリット・デメリットから手続き方法・期限など基礎知識を解説
(参考)相続土地国庫帰属法とは?メリット・デメリット・手続き方法や、相続放棄との違いを解説

8-3.遺産分割が不公平になる

相続人の中に農業を承継する人と、農業をおこなわない人がいる場合、農業を承継する相続人は、農地をすべて相続したいと考えます。

一方、農業をおこなわない相続人は、基本的に農地は不要と考えることが多いのですが、かといって、農地以外にめぼしい遺産がなければ、遺産分割が偏ってしまいます。すると、遺産分割協議でトラブルになります。

農地は農業を承継する人にすべて相続させ、農業を承継しない人には、ある程度の現金を相続させることなどにより公平化を図ることが望ましいのですが、それだけの財産がない場合もあるでしょう。

そのような場合は、生命保険金を活用して、代償分割金を支払うといった方法が有効になります。

また、遺言により、農業を引き継いでもらう人に農地を相続させたいという被相続人の気持ちを文章に残しておくことも大切です。

(参考)代償分割とは?遺産を分割する方法や相続税の課税価格の計算方法

8-4.農地には小規模宅地等の評価減特例は適用できない

農地の評価方法は、その農地の区分に変わります。市街地農地に該当する場合などは、その評価額は高くなり、農地からといって相続税の負担が少なくなるわけではありません。

相続人が農業を承継するのであれば、農地の納税猶予特例が適用できる可能性がありますが、農業承継をしない場合は利用できません。

そこで、相続税の税額を大きく減額する効果のある「小規模宅地等の評価減の特例」が適用できなかと考える方もいますが、残念ながらこの特例は農地には適用できません。

9.まとめ:農地の相続は、相続発生前の準備が非常に重要

相続人が農業を承継するのであれば、農地の納税猶予特例の適用を受けることで、農地に関する相続税負担は非常に小さくなります。

しかし、相続人が農地を承継しないのであれば、多くの場合、農地を相続しても扱いに困ることになります。また、複数の相続人の中で、一部の人だけが農業を相続する場合には遺産分割が難しくなることもあります。

そういったケースは、早めに相続にくわしい税理士に相談し、対策を考えておくほうがいいでしょう。相続が発生してしまった後だと、取れる対策も限られてしまいます。

なお、令和5年4月27日からスタートする「相続土地国庫帰属制度」は、一定の条件を満たせば農地にも適用できるため、場合によってはその適用も検討したいところです。新しい制度なので理解が浸透していないこともあるため、相続にくわしい専門税理士に相談することをおすすめします。

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