認知症の人がいる相続|事前の対策と成年後見人をつけるメリット・デメリット
相続人の中に重度の認知症の人がいる場合には、相続による遺産分割協議を行なうため成年後見人をつけることが必要です。
ただし、成年後見人をつけることにはメリットだけでなくデメリットも。よく考えたうえで成年後見制度の利用を決定することが大切です。また、遺言書の作成や家族信託の利用といった事前の対策を行なえば、相続や財産承継の手続をスムーズに進められます。対応方法を把握し準備することで、本人や家族の希望に沿った相続を実現できるでしょう。
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1.認知症の相続人が遺産分割協議をするためには成年後見人が必要
相続人が認知症で正常な判断能力がないとされる場合、「成年後見人」と呼ばれる代理人をつける必要があります。成年後見人の役割は、認知症の相続人にとって不利な遺産分割が行なわれないよう、代理人として遺産分割協議に参加することです。
たとえば父が亡くなった場合、相続人は父の配偶者であるとその子どもたちにあたります。しかし、母が認知症になっている場合、判断能力がないとされ本人の主張は無効となってしまうのです。
もちろん、協議をせず法定相続分通りに分配するなら問題ありません。しかし、母が亡くなったときのことを踏まえて遺産分割したい場合や、それぞれの経済状況に応じて柔軟に遺産を分けたい場合には、母に成年後見人を付けて遺産分割協議を行ないましょう。
1-1.相続人は判断能力がないと遺産分割協議に参加できない
相続人は判断能力がないと判断される場合、遺産分割協議には参加できません。以下のとおり、民法第3条の2において、意志能力がない人の法律行為は無効となることが定められています。
(意思能力)
第三条の二 法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする。
遺産分割協議も法律行為にあたるため、認知症の人が参加した協議結果はすべて無効となってしまうのです。しかし、相続人が相続財産を任意の割合で分けるには遺産分割協議が不可欠です。つまり、認知症の相続人に意思決定能力を持って参加してもらう必要があります。そこで登場するのが、成年後見人です。
1-2.認知症の相続人以外で行う遺産分割協議は無効
認知症の相続人を除いて遺産分割協議を行なった、または代理人をつけず判断能力がない状態で遺産分割協議に参加させた場合は、協議内容は無効となります。遺産分割協議は、民法第907条において以下のように定められており、判断能力のない人を除いて実行してよいといったことは一切明記されていません。
(遺産の分割の協議又は審判等)
第九百七条 共同相続人は、次条の規定により被相続人が遺言で禁じた場合を除き、いつでも、その協議で、遺産の全部又は一部の分割をすることができる。
遺産分割協議は、あくまで相続人全員が正常な判断能力を持った状態で参加する必要があります。
1-3.認知症の相続人の親族でも勝手に代理人にはなれない
たとえ親族や親子でも、何の手続も踏まず認知症の代理人にはなれません。代理人になるには、代理人を選任する本人の同意が必要となります。しかし代理人を選出する側の人間が認知症の場合、誰にも代理権を与えられません。そのため、家族でも代理人にはなれないのです。
家庭裁判所に成年後見人の選出を申立て、指定の申立書を家庭裁判所に提出することで成年後見人をつけるべきか審理が行われます。
1-4.認知症の相続人が署名できないときに家族が代筆すると無効
遺産分割協議書などへの署名を、認知症の相続人に代わって家族が代筆した場合、無効になります。無効になるだけでなく、場合によっては私文書偽造として罪に問われる場合もあるため絶対に行わないようにしましょう。
(私文書偽造等)
第百五十九条 行使の目的で、他人の印章若しくは署名を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を偽造し、又は偽造した他人の印章若しくは署名を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を偽造した者は、三月以上五年以下の懲役に処する。
上記刑法のとおり、勝手に他人の押印や署名を利用したり偽造したりした場合は、3ヶ月以上5年以下の懲役に課せられます。条文では他人とありますが、家族同士であっても同様です。なお認知症に限らず、ほかの相続人の署名を偽造することはすべて犯罪と見なされます。
1-5.認知症の相続人に相続放棄させることはできない
認知症の相続人は、自ら相続放棄することはできません。相続放棄とは、一切の相続権を手放す手続です。相続放棄も遺産分割協議と同じく法律行為であり、意思能力のない人が行なっても無効になってしまいます。
たとえば認知症になる前の母が「お父さんが亡くなったら、遺産はすべて子どもに渡したい」と言っていたとしても、認知症になった後に相続放棄はできません。
また、もし亡くなった人に借金が多く、負の財産ばかりだった場合も認知症の相続人は自ら相続放棄できません。ほかの相続人が相続放棄した場合、自動的に認知症の相続人に負の財産がすべて相続されるリスクもあります。
こうした事態を避けるためにも、認知症の相続人には成年後見人が必要です。
2.認知症の相続人に有効な成年後見制度とは
認知症の相続人は、相続関連の手続において自ら行えないことが多くあります。そこで必要となるのが、成年後見人です。成年後見人については、民法第859条において以下のとおり定められています。
(財産の管理及び代表)
第八百五十九条 後見人は、被後見人の財産を管理し、かつ、その財産に関する法律行為について被後見人を代表する。
上記の条文は、「成年後見人は認知症の相続人の財産を管理し、財産に関係する法律行為(遺産分割協議や相続放棄など)を代行する」といった趣旨です。そのため専任された成年後見人は、遺産分割協議に参加するだけでなく、その後の資金繰りや経済状況の監督においても活躍します。
2-1.判断能力の不十分な人が不利益を被らないための制度
成年後見人制度は、判断能力の不十分な人が不利益を被らないための制度です。介護保険制度と共に、2000年から施行されました。成年後見人制度の背景には、ノーマライゼーションの考え方があります。ノーマライゼーションとは、障がいを持つ人とそうでない人が、同じように共生する社会を推進する考え方です。
以前は認知症の人にとって、不利な遺産分割協議結果となることや経済的に不利益を被ることが多くありました。そこで、認知症の人にも、ほかの人と同じような判断力により不利益を被らないために制度化されたのが成年後見人制度なのです。
そのため、成年後見人は代理する相続人の財産を守るために働きます。家族が選任されるケースもありますが、たとえ親子や兄弟であっても故意に自分の有利な遺産分割協議をすることは業務上横領になるため注意しましょう。
2-2.成年後見手続用の診断書を用意する
成年後見人の選任を申請するには、医師の診断書が必要です。認知症の相続人のかかりつけ医に相談し、認知症であることを示す診断書を書いてもらいましょう。診断書は、成年後見人の選任を求める申立書や手数料などと同時に家庭裁判所へ提出します。
家庭裁判所では原則として、申立書を提出した後に認知症の状態を測定する「鑑定」というステップが設けられます。しかし診断書で明らかに認知症であることが分かり、鑑定の余地もないと判断されれば、鑑定のステップは省かれる場合もあり、この場合には、鑑定にかかる費用や時間が削減でき、スムーズに成年後見人が選任されます。
認知症の相続人本人が診断を嫌がり、診断書がどうしてももらえない場合もあるでしょう。こうした場合は、例外的に診断書なしでも申立てを受付けてもらえる可能性があります。家庭裁判所に提出書類を問い合わせのうえ、申立てを行ないましょう。
2-3.認知症の程度によって後見・保佐・補助の3段階に区分される
成年後見人とは、重度の認知症の人に選任される役職のことです。実際は、認知症の状態ごとに代理人が3種類に分けられます。3種類の代理人の違いは、以下のとおりです。
成年後見人 | 保佐人 | 補助人 | |
---|---|---|---|
対象となる認知症のレベル | 重度 常に判断能力のない状態が続いている | 中度 判断能力が著しく不十分 | 軽度 判断能力が不十分 |
代理権の範囲 | 財産に関するすべての法律行為 | 申立ての範囲内で家庭裁判所が定める「特定の法律行為」 |
▲成年後見人・保佐人・補助人の違い
申立時に提出する診断書と、家庭裁判所が特定の医師に依頼して行う鑑定の結果によって、どの代理人が必要か決定されます。
2-3-1.重度の認知症の人には成年後見人
重度の認知症であり、1人では日常生活もできない状態の人には成年後見人が選任されます。成年後見人は他の2つの役職に比べて、認められている権利の幅が最も広く、財産に関するすべての法律行為を代理できる点が特徴です。
そのため、成年後見人がつけば遺産分割だけでなく、その後の財産管理なども任せられます。なお、保佐人や補助人には「被後見人の同意権」という権利が認められている点に、特徴があります。同意権とは、保佐人や補助人の下した判断に対して、認知症の本人が同意できる権利です。つまり、保佐人や補助人に対し、被後見人は反対もできます。
しかし成年後見人が代理する被後見人は判断能力がないため、同意権が認められておらず、成年後見人にすべてが一任されています。
2-3-2.中度の認知症の人には保佐人
中度の認知症をわずらっている人には、保佐人と呼ばれる代理人がつきます。中度の認知症とは、具体的に日常生活にやや支障が出るレベルのことです。判断能力がまったくないとはいえないため保佐人の権限も以下のとおり、成年後見人と比べて限定的です。
(保佐人の同意を要する行為等)
第十三条 被保佐人が次に掲げる行為をするには、その保佐人の同意を得なければならない。ただし、第九条ただし書に規定する行為については、この限りでない。
一 元本を領収し、又は利用すること。
二 借財又は保証をすること。
三 不動産その他重要な財産に関する権利の得喪を目的とする行為をすること。
四 訴訟行為をすること。
五 贈与、和解又は仲裁合意(仲裁法(平成十五年法律第百三十八号)第二条第一項に規定する仲裁合意をいう。)をすること。
六 相続の承認若しくは放棄又は遺産の分割をすること。
七 贈与の申込みを拒絶し、遺贈を放棄し、負担付贈与の申込みを承諾し、又は負担付遺贈を承認すること。
八 新築、改築、増築又は大修繕をすること。
九 第六百二条に定める期間を超える賃貸借をすること。
成年後見人には一切の財産を管理する権限がありました。しかし、保佐人に認められている権利は上記に加え、家庭裁判所が必要だと認めたことのみに限定されています。
2-3-3.軽度の認知症の人には補助人
軽度の認知症をわずらっている人には、補助人と呼ばれる代理人がつきます。軽度の認知症とは、たとえば日常生活に支障はないものの、物忘れがあり判断力に欠けると診断された場合が該当します。
そのため補助人の代理権は、最も範囲が狭く、限定的です。具体的には保佐人に認められている権利の中でも、裁判所が必要性を認めたことにのみ代理権を得られます。
補助審判申立ての際に、代理権もしくは同意権付与の審判を併せて申立て、民法13条1項に列挙されている法律行為の中であらかじめ補助人に付与する代理行為ないし同意行為を決めておき、補助人は与えられた権限の中で補助人の法律行為を支援します。
3.認知症の相続人に成年後見人をつける3つのメリット
認知症の相続人に成年後見人をつけるメリットは、遺産分割協議ができることだけではありません。以下のとおり、ほかにもメリットが挙げられます。
成年後見人をつけるメリット
- 遺産分割協議に参加してもらえる
- 相続した財産の管理や税務申告などの手続ができる
- 介護施設の入居等の生活に必要な手続ができる
認知症の相続人は、自分1人でできることが非常に限られています。また判断能力がないという特性上、誰かがフォローしないと損をしてしまう場合も。しかし成年後見人をつけることで、さまざまなリスクやハンデを最小限に抑えられます。認知症の家族を保護するという意味でも、成年後見人をつけることは有効な手段です。
3-1.遺産分割協議に参加してもらえる
成年後見人をつける最大のメリットは、遺産分割協議に参加してもらえることです。亡くなった人の遺言がなく、法定相続分どおり配分するにも、遺産分割協議により財産を分けるしかありません。しかし、認知症の相続人がいると、本人を参加させても協議内容が無効となってしまいます。
成年後見人をつければ、認知症の相続人を代理して遺産分割協議に参加してもらえることはもちろん、協議をスムーズに進められるでしょう。親族同士で遺産の分割において対立が起きている場合も、成年後見人をつければ認知症の相続人が得るべき財産をしっかりと守れます。
3-2.相続した財産の管理や税務申告などの手続ができる
成年後見人がいれば、遺産分割協議だけでなく相続した財産管理や税務申告などの手続も任せられます。成年後見人には被後見人の財産に関する一切の代理権が認められているからです。保佐人や補助人になると代理権の範囲は狭まりますが、一定の範囲で財産の監督を任せられます。
税理士やファイナンシャルプランナーなど、外部の専門家を雇わなくても財産管理を任せられることで、ほかの家族の負担を減らすことにもつながります。家族が寄り添って監督できない状況下でも、不審なお金の動きがないか成年後見人にチェックしてもらうことが可能です。また税務申告を代理してもらうことで、申告漏れや不利な申告をしてしまう事態も防げるでしょう。
3-3.介護施設の入居等の生活に必要な手続ができる
成年後見人がいれば、介護施設の入居や入院などに必要な手続も任せられます。介護施設の入居や病院への入院は、被後見人がお金を払う契約手続を伴うため、成年後見人に代理権が認められているのです。
介護施設の契約は本人契約としている場合が多く、成年後見人がいれば本人名義で契約できることになります。ただし、契約者とは別に家族の誰かが身元引受人になる必要があるため注意しましょう。成年後見人はあくまで財産に関する業務を一任されている立場であり、身元引受人や介護業務を直接引き受けるものではありません。
また医療において延命措置や輸血するか否かの判断なども、成年後見人の職務範囲外となります。結婚、離婚、養子縁組などに関することも範囲外です。
4.認知症の相続人に成年後見人をつける3つのデメリット
認知症の相続人に成年後見人をつけると、デメリットも生じます。具体的には、以下のとおりです。
認知症の相続人に成年後見人をつけるデメリット
- 申立ての準備に時間や手間がかかる
- 成年後見人に支払う報酬が継続的に発生する
- 節税対策や財産の運用ができない
このほかにも、成年後見人は認知症の相続人が持つ財産や相続権を守るという立場上、被後見人にとって不利になる判断はできないといったデメリットが挙げられます。そのため認知症の相続人に財産を相続させたくない場合や、自分たちの取り分を多くしたいといった場合は成年後見人をつけると、思うようにことが進まない場合もあります。
4-1.申立ての準備に時間や手間がかかる
申立てから実際に成年後見人としての活動が開始されるまでに、およそ2~3ヶ月の期間がかかります。認知症の相続人がどのような状態かによって期間は異なり、家庭裁判所主導の鑑定や成年後見人の登記が長引く可能性も。申立ては時間に余裕を持って行う必要があります。
また成年後見人をつけるには申立書の作成や診断書の取得、家庭裁判所の事情聴取に応じるなどさまざまな手間もかかるのが難点です。基本的に裁判所の事情聴取は平日に行われるため、フルタイムで仕事をしている人は時間の確保がネックになる可能性もあります。家族で話し合い、相続人同士が手続をサポートできる体制を作っていきましょう。
4-2.成年後見人に支払う報酬が継続的に発生する
成年後見人をつけると、財産管理を依頼する分の報酬が継続的に発生します。月額費用の目安は、以下のとおりです。
相続財産の目安 | 目安となる金額 |
---|---|
相続財産が1000万円以下の場合 | 月額2万円 |
相続財産が1000万~5000万円以下の場合 | 月額3万~4万円 |
相続財産が5000万円以上の場合 | 月額5万~6万円 |
▲成年後見人に支払う報酬(参考: 成年後見人等の報酬額のめやす|裁判所)
上記の金額は、後見人だけでなく保佐人や補助人も同様です。ただし、親族が成年後見人に選任された場合は、任意で報酬を受け取らないケースもあります。なお、成年後見人がつくまでには以下の初期費用がかかることも把握しておきましょう。以下は東京家庭裁判所の料金を目安にした表です。詳しい金額は裁判所によって異なるため、最寄りの裁判所に問い合わせましょう。
内訳 | 金額(税込) |
---|---|
申立手数料(印紙代) | 800円 |
予納郵券 | 3270~4210円 |
登記手数料 | 2600円 |
戸籍謄本の交付手数料 | 450円 |
住民票の交付手数料 | 300円 |
「本人の成年後見などに関する登記がされていないことの証明書」の交付手数料 | 300円 |
診断書作成手数料 | 病院により異なる |
鑑定費用 | 10万~20万円 |
▲成年後見人がつくまでにかかる初期費用
※鑑定は行われない場合もあります
4-3.節税対策や財産の運用ができない
成年後見人がつくと、認知症の相続人が持つ資産の運用や生前贈与といった節税対策ができない可能性があります。成年後見人の目的は、被後見人の財産を守ることだからです。不動産投資や株の売買といった資産運用は、財産が減ってしまうリスクがあるため、成年後見人が行うことはありません。
また被後見人からの生前贈与や資産の組み替えによる節税対策も、被後見人の財産そのものが減るとして認められないケースが多くあります。
5.成年後見人はどのようにして選ばれるのか
▲法定後見で後見人を選任する手続の流れ
成年後見人が選ばれて業務を開始するまでの流れは、上記図のとおりです。家庭裁判所に成年後見人選任を申立てると、裁判所が後見人をつけるべきかどうか審理を行ないます。そして無事審理に通れば成年後見人が選出され、登記を済ませたうえで業務開始です。
申立てから成年後見人が業務を開始するまでは、およそ2~3ヶ月の期間がかかります。場合によっては半年ほどかかるケースもあるため、申立ては時間に余裕をもってできるだけ早めに行いましょう。
5-1.家庭裁判所が親族または専門家を選任する
成年後見人は、家庭裁判所が選任します。選ばれるのは親族だけでなく、弁護士や司法書士、社会福祉士といった専門的な資格を持った人も対象です。令和2年の成年後見人に関する裁判所のデータ を見ると、親族以外から成年後見人が選ばれた割合が80.3%にものぼります。親族で成年後見人になった人の内訳をみると、54.0%が子どもという結果でした。
申立時に成年後見人の候補者を挙げられますが、必ずしも候補者から選ばれるとは限りません。認知症の相続人と成年後見人の間に利害関係はないかといった事情から、財産の状況や家族構成、相続人の職歴などさまざまな情報を踏まえて、成年後見人が選出されます。
5-2.流動性資産が1200万円以上あると専門家が後見人になる可能性が高い
裁判所によれば、流動性資産が1200万円以上ある場合は、弁護士や司法書士などの専門家が成年後見人として選出される場合が多いです。
ご本人の流動資産額(現金・預貯金・株式等の評価額)が,1200万円以上ある場合には,ご本人の財産を適切に保護,管理するため,「専門家(弁護士,司法書士等)を後見人等や監督人に選任」したり,「後見制度支援信託等を活用」する運用を行っています。
上記のとおり、裁判所では専門家を選出する理由を「財産を適切に管理するため」と記載しています。
流動性資産とは、現金や預貯金、金銭的価値のある品物など1年以内に換金可能な資産のことです。家や土地といった固定資産の対義語として使われます。
5-3.成年後見人と被後見人の両方が相続人の場合は特別代理人の選任が必要
選出された成年後見人も相続人である場合、特別代理人の選任が必要となります。認知症の相続人の財産を守ることが役割である成年後見人が相続人である場合には、両者の利益が相反してしまうからです。この状況を利益相反と呼び、トラブルにならないよう特別代理人の選出が不可欠となります。
たとえば亡くなった男性の妻が認知症で、その成年後見人にたまたま実の息子が選任された場合は利益相反です。裁判所は通常、利益相反にならないよう考慮して成年後見人を選出しますが、まれにこうした事態が起きる場合もあります。
5-4.成年後見人が選任されるまでの期間は1ヶ月〜半年
成年後見人が選任されるまでの期間は、認知症の相続人がどのような状態かによって異なります。基本的には2~3ヶ月程度で選任される場合が多いです。しかし、裁判所による鑑定が不要とされた場合には1ヶ月ほどで選任される場合もあります。
反対に、鑑定や審理に時間がかかったり、申立書類や添付書類に不備があったりすると、半年ほどかかってしまうケースもあります。
6.成年後見人を利用したくないときの対処法
成年後見人を利用したくない場合は、以下の対処法が考えられます。
成年後見人を利用したくないときの対処法
- 法定相続分どおりに相続する
- 遺産分割協議に参加できる能力があることを診断書で証明する
成年後見人をつけると、月額費用が発生したりほかの相続人が希望する遺産分割や資産運用ができなくなったりするデメリットがあります。たとえば亡くなった親からせっかく相続した財産を成年後見人の費用にあてたくないと考える人や、積極的な資産運用や節税対策をしていきたい人は、ぜひ以下の内容をご覧ください。
6-1.法定相続分どおりに相続する
法定相続分どおりに相続するなら、成年後見人は必要ありません。法定相続分とは、相続人ごとに法律で決められている相続できる財産の割合です。亡くなった人との関係性で相続に順位が分かれ、相続できる財産の割合が決まります。
たとえば亡くなった人の配偶者は第1順位とされ、相続人として最優先されます。そして次に優先順位が高いのは亡くなった人の子どもです。その次は亡くなった人の父母、その次が兄弟姉妹、といったように相続の順位が決まっています。
たとえば亡くなった人に妻1人と子どもが2人いた場合、妻は財産の半分を、子どもは財産の4分の1ずつをそれぞれ相続することになります。
参考:相続権についてわかりやすく解説。相続の順位と法定相続分について | 税理士が教える相続税の知識
6-2.遺産分割協議に参加できる能力があることを診断書で証明する
認知症の相続人に判断能力があると証明できれば、成年後見人をつけずに相続人の間のみで遺産分割協議ができます。認知症と診断を受けていても、軽度な症状なら遺産分割協議への参加が有効になるケースもあるのです。
認知症の相続人の判断能力を証明するには、医師に診断書を書いてもらいましょう。判断能力を示す診断書があることによって、協議中にほかの相続人から判断能力を指摘されて協議が難航するといったトラブルを防げます。
7.成年後見人をつけずに相続手続を行う場合の注意点
成年後見人をつけずに相続手続を行う場合、以下の点に気を付けましょう。
成年後見人をつけずに相続手続する場合の注意点
- 不動産を法定相続分に従って相続すると売却等ができなくなる
- 金融機関での相続手続が進められない可能性がある
たとえば相続財産を法定相続分どおりに分割しても、1人の相続人が認知症だとほかの相続人にとっても後々困ることが生じる可能性があります。こうして結局、成年後見人をつけなければならないケースもしばしば発生するのです。
遺産を分割する際は、後に相続した財産をどうするかといったことも含めて分け方を決めておくと、トラブルが発生しにくいでしょう。
7-1.不動産を法定相続分に従って相続すると売却等ができなくなる
土地や建物といった不動産を法定相続分に従って相続すると、後から売却できなくなる可能性があります。法定相続人にはそれぞれ遺産を相続する割合が決められていますが、土地や建物は分けて所有できないケースがしばしばあります。そのため、複数の相続人が共有して相続する場合があるのです。
この場合、相続人のうち一人が認知症でも、法定相続どおりほかの相続人と共有で建物の所有者になることはできます。しかし相続してからいざ売却しようというときに、所有者の中に認知症の人がいると意思決定が無効となるため、売却できないのです。複数の人が所有者となっている土地や建物は、手放すのにも所有者全員の同意が必要となります。
そのため、認知症の所有者に不動産の売却を決定してもらうためには成年後見人の選任が必要です。
7-2.金融機関での相続手続が進められない可能性がある
銀行をはじめとする金融機関では、相続人の認知症が疑われる場合手続に応じないケースがあります。たとえば銀行口座の名義を変更する場合や、口座を解約する場合などが該当します。家族であるほかの相続人が手続を申請しても、金融機関から「ご本人に来ていただくか、電話でお話しさせてください」と言われるケースが多いです。
そして本人の受け答えに怪しい部分がある場合、金融機関は手続できないと判断します。金融機関が相続手続に対して厳しい対応を取る理由は、責任問題を問われる事態を避けるためです。成年後見人をつけてから手続するように言われることもあると、理解しておきましょう。
8.認知症の家族が相続人になることに備えるための対策
認知症の家族が相続人になったときに備え、以下のような対策ができます。
認知症の家族が相続人になったときのための備え
- 相続人となる家族が困らないように遺言書を作成しておく
- 任意後見契約を結んでおく
- 家族信託を利用して死後の財産の管理や処分する人を決めておく
そもそも相続には遺産分割協議をせずに済む方法や、認知症になった場合の財産管理を家族に一任できる契約などがあります。法定相続分どおりに相続するか、成年後見人をつけて相続する方法以外にもやり方はあるため、知っておくと便利です。また家族が認知症になった場合に備えて事前に対策しておくことで、いざ相続が発生したときの手続もスムーズに進められるでしょう。
8-1.相続人となる家族が困らないように遺言書を作成しておく
▲自筆証書の遺言書サンプル
亡くなる前に有効な遺言書を作成しておけば、相続人となる家族が財産の分け方に悩むこともありません。遺言書ではどの財産をどれくらい、誰に相続させるかといったことを指定できます。
とくに子どもの配偶者に財産を相続させたい場合や、家族以外の人に財産を相続させたい場合は遺言書が必要不可欠です。子どもの配偶者や、家族以外の人は基本的に亡くなった人といくら親しくても相続人にはなれません。
また特定の相続人に多額の財産を相続させたい場合なども同様です。判断能力があるうちに遺言書をしっかり作成しておけば、自分が思うとおりに相続人へ財産を相続させられます。
なお遺言書には通常、自筆証書と呼ばれるものと公正証書と呼ばれる2種類の書き方があります。遺言書の書き方や注意点については、以下の記事を参考にしてください。
参考:遺言書の書き方完全ガイド-遺言書の形式と内容に関する注意点を解説|相続税のチェスター
8-1-1.遺言書に認知症の人以外へ相続させることを明記しておく
遺言書を作る時点で認知症の相続人がいる場合は、認知症の人以外へ相続させることを明記しておきましょう。先述のとおり、認知症の人は相続人としてできることが限定されています。あらかじめ相続人から省いておけば、認知症の人以外で財産を分けることが可能です。相続時に成年後見人をつける必要もありません。
ただしこの方法だと、認知症の人は一切の財産を相続しないことになるため、注意が必要です。財産を受け取ったほかの家族が、認知症の人の生活や経済状況を支援することに期待するほかありません。しかし、遺言書では相続させた財産の使い道までは指定できないのが難点です。
たとえば認知症の妻にも家を残したい場合や、生活費になる財産を残したい場合は次に紹介する方法を選択してください。
8-1-2.遺言書で認知症の人以外の相続人を遺言執行者に指定する
遺言書で認知症以外の相続人を遺言執行者に指定することで、認知症の人も相続できるようになります。遺言執行者とは、遺言に従い遺産分割を主導する人のことです。遺言執行者がいれば認知症の人も、成年後見人をつけず相続が可能になります。
なお遺言執行者は、未成年者と自己破産の経験がある人以外は誰でも指定できる点が特徴です。そのため、専門的知識のある弁護士や司法書士に依頼するケースが多くあります。もちろん、相続人の中から選任しても問題ありません。
ただし家族から選任する場合は、事前に本人にも遺言執行者に指定することを説明しておくことが大切です。事前の説明なく勝手に遺言執行者を相続人から選ぶと、相続時に混乱をまねく可能性があるため注意しましょう。
8-1-3.すべての遺産について相続方法を指定しておく
遺言書を作成する際は、すべての財産についてもれなく相続方法を指定しましょう。遺言書に記載されていない財産がある場合、遺産分割協議が必要となります。しかし1人でも認知症の相続人がいれば、本人の判断は無効となるため成年後見人が必要です。
成年後見人をつけずスムーズに遺産を相続してもらうためにも、遺言書を漏れなく書いておくことは重要といえます。しかし、すべての財産を漏れなく記載することは極めて難しいです。細かく相続人を指定するほど、漏れは生じやすくなります。
そこでおすすめなのが「そのほかすべての財産」という項目を設ける方法です。たとえば預貯金や現金は長男と長女に、土地とそのほかすべての財産は妻に、といったように記載すれば財産の漏れが生じる心配はありません。
8-2.任意後見契約を結んでおく
▲任意後見制度の仕組み
認知症になる前から任意後見契約を結んでおけば、信頼できる人に相続手続や財産の管理を任せられます。任意後見契約とは、自分が選んだ特定の人に成年後見人と同等の立場を担ってもらえる制度です。認知症になる前から役所を通じて公正証書を作成しておくことで契約が成り立ちます。
そして被後見人の判断能力が低下した時点で任意後見人が家庭裁判所に選任の申立てを行い、選任されることで業務が始まる仕組みです。
8-3.家族信託を利用して財産の管理や処分する人を決めておく
▲家族信託の仕組み
家族信託を利用すれば、相続人が認知症になった後も「受託者」とよばれる人が財産を本人の希望どおりに管理したり処分したりできます。つまり認知症になる前に家族信託を利用すれば、成年後見人をつけずに相続手続が行えるのです。また家族信託の受託者は、弁護士や司法書士でなく家族であり、自分と同じ相続人から選任することも可能です。
信頼できる家族に自分の財産管理を依頼したいと考える人には、最適な制度といえるでしょう。家族信託について、詳しくは以下の記事を参考にしてください。
参考:家族信託の基本的なしくみと具体的な活用方法|相続税のチェスター
9.認知症の相続人が亡くなるまで手続を放置するとどうなる?
認知症の相続人が亡くなるまで遺産分割を放置すると、さまざまなデメリットが発生します。認知症の相続人がいると、本人が遺産分割協議に参加できないなどあらゆる問題が生じるものです。しかし、成年後見人をつける手続が面倒だからといった理由で遺産分割を放置すると、後に面倒なトラブルが発生することにもなりかねません。
基本的に遺産分割と相続税の申告手続は、被相続人が亡くなってからすぐに行なうのが一番です。ぜひ手続を放置するデメリットを知り、正しい手順で遺産を分割しましょう。
9-1.手続を放置しても罰則はない
遺産分割の手続を放置しても、とくに罰則はありません。実際、遺産分割の手続期限を定めた法律はなく、放置しても問題はないのです。しかし遺産分割を進めないと、相続人それぞれが何をどう相続するのか把握できず、相続税の申告においても、大きな特典は使えず、法定相続分で申告するしかなく、不利益が生じるのです。
9-2.銀行預金が凍結されたままでいつまでも預金が引き出せない
遺産分割を放置すると、銀行の預金口座が亡くなった人の名義のまま放置されます。亡くなった人の口座は相続人へ名義変更されるまで凍結され、預金の引き出しや振込などに利用できなくなるのが一般的です。
そのため、たとえば亡くなった人の預金で葬儀をしようにもお金が引き出せず、困る可能性があります。また銀行預金に限らず、土地や不動産も同様です。相続手続を経て名義変更しない限りは亡くなった人の所有物と見なされるため、ほかの家族が売却したり手放したりすることはできません。
9-3.不動産を放置すると複雑な権利関係や余計な金額が発生する可能性がある
不動産の相続を放置している間にも、維持費や管理費がかかる場合があります。そして遺産分割が放置されている場合、誰が不動産の維持費を立て替えるのかといった問題が発生するのです。
仮に相続した家が空き家でも、管理責任は相続人にあります。そのため万が一空き家の屋根が吹き飛んで近隣の家に損害を与えた場合、相続人が責任を取らなければなりません。しかし遺産分割ができていないと、誰が空き家の所有者なのかも分からないため、責任の押し付け合いになってしまうリスクもあります。
さらに不動産はすぐに売却しないと、固定資産税が定期的にかかることに注意しましょう。手早く遺産分割し相続人が不動産を売却すれば、無駄な税金を支払わずに済みます。
9-4.株式の名義変更を放置すると権利が失われる
株式の名義変更は、5年以内に行わないと権利が失われる場合があります。権利が失われると亡くなった人の株主としての権利は誰も相続できず、以降配当金も受け取れなくなるため注意しましょう。
通常、株式が競売にかけられたり売却されたりした場合、株主は売却金を請求できます。しかし、名義変更せず請求手続を放置した場合、売却から5年または10年で請求権も時効にかかってしまいます。本来受け取れるはずのお金が帳消しになってしまうことになりかねないので、注意しましょう。
9-5.相続税の申告と納付の期限を過ぎると延滞税や不申告加算税などがかかる
相続税の申告と納付には「相続があることを知ってから10ヶ月以内」という期限があります。遺産分割には期限がないものの、相続税の申告には期限があるため注意が必要です。なお10ヶ月という期限を過ぎると、無申告加算税や延滞税が課せられます。こうしたリスクを知らないと、後になって大きな損失を被ることになります。
また相続税を申告せず、相続税本税、無申告加算税や延滞税の支払いを踏み倒すことは不可能です。税務署では相続税の申告義務がありそうなところはチェックしています。したがって、相続税の申告を行わないと、税務調査を受け、かつ、相続税などを納税しないと、最終的には相続人の財産を差し押さえられることもあり得ます。
「知らなかった」では済まないため、遺産分割協議は早めに行ない相続税の申告と納付にも余裕を持ちましょう。
9-6.相続放棄または限定承認の手続をしないと借金を相続してしまう
相続があると知ってから一定の期間内に相続放棄や限定承認の手続をしないと、借金を相続してしまう可能性があります。相続放棄とは、財産を相続する権利を放棄する手続です。また限定承認とは、財産の一部だけを相続することを主張する手続を指します。
どちらも、亡くなった人に借金をはじめとする負の財産がある場合に行います。相続放棄や限定承認は、相続があることを知ってから3ヶ月以内に手続しなければいけません。財産の内訳がわからないなどの理由で手続が間に合わない場合は、別途裁判所に事情を説明して期間を延長してもらえるケースもあります。
しかし、何ら対応せず、そのままにしておくと、相続放棄や限定承認する権利を失ってしまいます。その結果、借金や負の財産を相続することになります。それを避けるためにも、相続する財産の内訳は、早い段階で確認しておきましょう。
10.認知症の相続人がいる場合はトラブルになる前に専門家に相談を
認知症の相続人がいる場合、成年後見人をつけるなど、さまざまな手続が必要となります。面倒に感じ、遺産分割をつい後回しにしてしまいたくなる人もいるでしょう。しかし、遺産分割は早い段階で行い、しっかりと相続税を申告することが重要です。
自分で相続手続を進めることに不安のある人は、司法書士法人チェスターへお気軽にお問い合わせください。遺産分割協議書の作成や、手続の代行が可能です。
また、相続人同士でトラブルが起きている場合や、主張が対立して協議が進まないといった場合には、法律事務所へご相談ください。
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