遺言能力とは?満たすべき要件・判断基準・対処法について【判例あり】

遺言能力とは、遺言書の作成当時に、遺言者が有すべき能力のことです。
裁判などで「遺言能力がなかった」と判定されると、その遺言書は法的に無効になってしまいます。
この記事では、遺言能力があると認められるための要件や、意思能力の有無の判断基準についてまとめました。
遺言能力の無効が主張された過去の判例や遺言の無効を主張する流れ、遺言能力なしと判定されないための対処法なども解説しますので、ぜひ参考にしてください。
この記事の目次 [表示]
1.遺言能力とは?
遺言能力とは、遺言書を作成する際に、遺言者が有していなければならない能力のことです(民法第963条)。
遺言者が満15歳以上で遺言の内容を理解し、その遺言によって自分の死後にどのような結果をもたらすのかを理解できていれば、遺言能力があると判断されます。
逆に、遺言者に遺言能力がないと判断されると、たとえ民法で定められた方式で作成された遺言書であっても、法的に無効になってしまいます。

よくある誤解ですが、遺言者の年齢や要介護レベルのみで、遺言能力は判断できません。
つまり、「遺言者が100歳当時に作成したから遺言能力はない」「要介護4だから遺言能力はない」とは判定されないということです。
実際に、遺言書の作成時に重度の認知症を患っていたものの、裁判で遺言能力があったと認められた事例もあります。
詳しくは「遺言書が無効になる事例と無効にしないための対策」をご覧ください。
1-1.遺言能力に疑問がある場合は弁護士に相談を
遺言書の作成にあたり遺言能力に不安がある場合や、被相続人が残した遺言書について遺言能力に疑問がある場合は、弁護士に相談をしましょう。
弁護士に相談をすれば、遺言書が法的に無効にならないよう、遺言能力を証明するための方法についてアドバイスをしてもらえます。
また、相続開始後に見つかった遺言書について、作成当時の遺言者の遺言能力に疑問がある場合は、利害関係者と話合いをすることで、遺言書とは異なる遺産分割ができる可能性もあります。
話合いができない場合は、遺言無効確認調停の申立てなどを検討することとなりますので、なるべく早い段階で弁護士に相談をしましょう。
2.遺言能力があると認められる2つの要件
遺言能力があると認められるためには、遺言書の作成時に、遺言者本人が以下の2つの要件を満たしている必要があります。

2-1.遺言者が満15歳以上である
遺言能力が認められる1つ目の要件は、遺言書の作成当時に、遺言者が満15歳以上であることです。
民法第961条では、「十五歳に達した者は、遺言をすることができる。」と定められています。
つまり満15歳未満であれば、形式を守った遺言書を作成しても、遺言能力は認められませんので、法的に無効となってしまいます。
2-2.遺言者本人に意思能力(判断能力)がある
遺言能力が認められる2つ目の要件は、遺言書の作成当時に、遺言者本人に意思能力があることです。
認知症やその疑いがあると診断されていた場合は、意思能力がないと判断され、遺言能力がなかったと判定される可能性が高まります。
なお、遺言は代理で行うことはできませんので、民法第962条では「(行為者本人のために設けられた)第五条、第九条、第十三条及び第十七条の規定は、遺言については、適用しない」と定められています。
条文の内容 | |
---|---|
第5条 | (未成年者の法律行為) 未成年者が法律行為をするには、その法定代理人の同意を得なければならない。 |
第9条 | (成年被後見人の法律行為) 成年被後見人の法律行為は、取り消すことができる。 |
第13条 | (保佐人の同意を要する行為等) 被保佐人が次に掲げる行為をするには、その保佐人の同意を得なければならない。 |
第17条 | (補助人の同意を要する旨の審判等) 被補助人が特定の法律行為をするにはその補助人の同意を得なければならない旨の審判をすることができる。 |
つまり、(満15歳以上の)未成年者・被保佐人・被補助人であっても、誰かの同意を得ることなく単独で遺言書を作成できます。
ただし、成年被後見人については、民法第973条で定められた要件を満たす必要があります。
第973条(成年被後見人の遺言)
1. 成年被後見人が事理を弁識する能力を一時回復した時において遺言をするには、医師二人以上の立会いがなければならない。
2. 遺言に立ち会った医師は、遺言者が遺言をする時において精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く状態になかった旨を遺言書に付記して、これに署名し、印を押さなければならない。ただし、秘密証書による遺言にあっては、その封紙にその旨の記載をし、署名し、印を押さなければならない。
詳しくは「成年後見人がいても遺言する方法|認知症対策に有効な3つの契約」をご覧ください。
3.遺言能力(意思能力)の有無の判断基準
遺言能力の有無の判定で重要なのは、遺言書作成当時、遺言者に意思能力(判断能力)があったか否かです。
意思能力の判断基準は以下の5つのポイントで、これらを総合的に考慮して判定されます。
具体的にどのような内容なのか、確認していきましょう。
3-1.精神上の障害の有無・内容・程度
遺言能力の有無の1つ目の判断基準は、精神上の障害の有無・内容・程度です。
具体的には、医師が客観的に診断した、以下のような医学的な資料が参考とされます。
- 医師の診断書
- 要介護認定の資料
- 長谷川式認知症スケールの点数
ただし、要介護認定の数値は、身体機能などの総合的な状況で定められるため、必ずしも数値が大きいから遺言能力が低いとは判断されません。
3-2.遺言書を作成する前後の状況
遺言能力の有無の2つ目の判断基準は、遺言書を作成する前後の状況です。
医師による医学的な診断がなかったとしても、遺言書の作成前後に通常では理解できないような言動や、異常行動をしていた場合は、遺言能力がなかったと判断される可能性が高まります。
これら遺言書を作成する前後の状況などは、医療記録や看護記録などが参考とされます。
3-3.遺言書を作成するに至った経緯
遺言能力の有無の3つ目の判断基準は、遺言書を作成するに至った経緯です。
具体的には、どのような動機・理由で遺言書を作成したのかについて、遺言内容に照らし合わせて検討されます。
例えば、溺愛していた一人娘がいたにも関わらず、見ず知らずの他人に全財産を遺贈するといった遺言内容であった場合、その動機や理由が不明ですので、遺言能力がなかったと判定されやすくなります。
3-4.遺言の内容
遺言能力の有無の4つ目の判断基準は、遺言内容の合理性です。
遺言者が遺言書を作成した動機・理由と照らし合わせて、その内容が合理的であるか否かが検討されます。
なお、単純な内容であればあるほど、遺言能力があったと認められやすくなります。
例えば、「自宅不動産を同居している○○に相続させる」という内容の遺言書と、「A銀行の預貯金は○○に、B銀行の預貯金は△△に、自宅不動産は○○と△△に1/2ずつ」という内容の遺言書だと、前者の方が内容は単純なので、遺言能力を認められやすくなります。
3-5.相続人や受遺者との関係性
遺言能力の有無の5つ目の判断基準は、相続人や受遺者との関係性です。
遺言書で指定されている人が、遺言者と深い関わりがある相続人や受遺者であれば、遺産を取得させることは合理的です。
逆に、遺言者と深い関わりがない人や、関係性が薄い人である場合、遺産を取得させる動機がないため、遺言能力がなかったと判断されやすくなります。
4.遺言能力の有無が争われた事例【判例あり】
遺言能力の有無が問題となるのは、不利な遺産分割を指定された相続人や受遺者が、遺言の無効を主張した場合です。
この章では、遺言者の遺言能力が争点となった裁判例をご紹介しますので、ぜひ参考にしてください。
4-1.遺言無効確認請求控訴事件
父親が遺した秘密証書遺言において、次女に自宅不動産を相続させると指定していたものの、控訴人である長女が、遺言者である父親の意思能力の欠落を事由に、遺言は無効であると主張した事例です。
控訴人である長女は、精神科の医師でもなく判定スケールを使用していない担当医師の診断書は、信用できない旨主張しました。
しかし大阪高等裁判所は、事実関係に照らすと担当医師の診断書と医学的所見は信用できるものであり、遺言者に意思能力がなかったとはいえないとしました。
また、同居していた次女に自宅を相続させるという単純明快な遺言内容であり、介護に専念した次女に同居する自宅不動産を相続させることは自然かつ合理的であるとしました。
これらの事実関係を鑑みると、遺言者に意思能力がなかったとはいえず、本件遺言は無効であるとは認められないとしました(平成19年3月16日大阪高等裁判所/平成15(ワ)843)。
4-2.公正証書遺言無効確認等請求事件
同一の遺言者及び同一の物件について、新旧2回の公正証書遺言により遺贈がなされた事例です。
旧遺言の受遺者である原告は、平成11年10月16日に実施された長谷川式簡易知能評価スケールによる検査結果では、4点(非常に高度な痴呆)という結果が出ていたため、新遺言作成当時に高度な痴呆状態にあり、「新遺言は遺言者の遺言能力を欠く状態でなされたものである」等と主張しました。
しかし、新遺言の受遺者である被告は、遺言者の痴呆の症状は、症状が良い時とそうでない時の波があったものの、新遺言作成当時は遺言をするのに十分な意思能力を有していたと主張しました。
京都地方裁判所は様々な認定事実をもとに、新遺言作成当時は痴呆が相当高度に進行していたものの、他者とのコミュニケーション能力や自己の置かれた状況を把握する能力を相当程度保持していた、としました。
また、新遺言を作成するよう思い立った経緯ないし動機には特に短慮の形跡は窺われず、新遺言の内容は比較的単純のものであった上、公証人に対して示した意思も明確なものであったことが認められるのであるとしました。
これらの事情を総合勘案すると、新遺言の作成にあたり遺言をするのに十分な意思能力(遺言能力)を有していたものと認めるのが相当であるとして、原告の主張を退けました(平成13年10月10日 京都地方裁判所/平成12(ワ)2475)。
5.遺言能力に疑問あり!遺言の無効を主張する流れ
遺言書が見つかったものの、遺言者の遺言能力に疑問がある場合は、以下のステップを踏んで遺言の無効を主張します。
遺言の無効については「調停前置主義」が取られるため、原則として調停を申立てしなければ、請求訴訟はできません(家事事件手続法第257条)。
ただし、調停で解決する余地がないような場合は、調停を経ずに訴訟提起した場合でも、審理を行ってもらえることもあります(家事事件手続法第257条2項)。
詳しくは「遺言無効確認訴訟の提起前に知っておきたいこと。費用、期間など」でも解説しておりますので、あわせてご覧ください。
5-1.まずは相続人や受遺者と話合い
まずは法定相続人と受遺者(遺言により遺贈を受ける人)全員で、遺言内容や遺言能力についての話合いを行います。
ここで遺言とは異なる方法で遺産相続することについて、当事者全員が合意すれば、遺産分割協議による相続に変更できます。

ただし、遺言書で遺言執行者が指定されている場合、遺言とは異なる遺産分割をすることについて、遺言執行者の同意も必要となりますのでご注意ください。
詳しくは「遺言書と異なる遺産分割は可能!遺産分割協議の注意点」をご覧ください。
5-2.遺言無効確認調停の申立て
遺言と異なる遺産分割に同意できない人が1人でもいる場合は、家庭裁判所に「遺言無効確認調停」の申立てを行います。
調停とは、家庭裁判所の裁判官や調停委員が仲介をして話合いを進め、適正・妥当な解決を図る制度のことです。

遺言無効確認調停を申立てるのは、相手方の住所地を管轄する家庭裁判所です(当事者が合意で定めることも可能)。
遺言無効確認調停の申立てには、なるべく弁護士にサポートを依頼しましょう。
5-3.遺言無効確認訴訟の提起
遺言無効確認調停が不成立となった場合は、遺言無効確認訴訟を提起します。
訴訟とは、当事者の意見や資料などをもとに、裁判官が法定で判断を下して解決を図る制度のことです。

遺言の無効を主張する人は原告、遺言の実行を主張する人は被告となり、判決で有効か無効かを確定することとなります。
なお、遺言が有効であると認められた場合、遺言無効確認訴訟の請求は棄却されます。
この場合は、控訴をすることで上級裁判所の判断を求めることができますが、遺留分侵害額請求に移行することも可能です。詳細は弁護士に相談をしましょう。
6.遺言能力が裁判で争われた場合によくある質問
遺言能力の有無が裁判で争われた場合に、よくある質問をまとめたので参考にしてください。
6-1.遺言能力なしと判定されて遺言書が無効になったらどうなるの?
裁判などで遺言能力なしと判断され、その遺言書が法的に無効になった場合、遺産分割協議による遺産分割がなされます。
遺産分割協議とは、法定相続人全員で「誰が・どの財産を・どれだけ・どのように相続するのか」を決める話合いのことです。
しかし、すでに遺言能力についての争いが起こっているケースでは、遺産分割協議による話合いが難しくなることも想定されます。
弁護士に介入してもらって遺産分割協議を行ったり、法定相続分による遺産分割を検討したりすることとなります。
遺産分割協議について、詳しくは「遺産分割協議の期限は10年?ベストな時期と理由を解説」をご覧ください。
6-2.遺言能力ありと判定されたけど納得いかない場合は?
裁判などで遺言能力ありと判断された場合は、その遺言内容が実行されます。
しかし、中には遺言書の内容が不公平で、遺産相続ができなかった方もいらっしゃるかと存じます。
もし、あなたが遺留分権利者(被相続人の兄弟姉妹以外の法定相続人)であれば、遺留分侵害額請求を検討できます。
遺留分侵害額請求とは、自己の遺留分を侵害している人に、最低限の遺産の取得割合である遺留分相当額を金銭で請求する手続きのことです。
遺留分侵害額請求について、詳しくは「遺留分侵害額請求とは?調停や訴訟の手続きの流れ・時効・弁護士費用を解説」をご覧ください。
7.遺言能力なしと判定されないための対処法
遺言能力の有無が問題となるのは、遺言作成時ではなく、遺言者の相続開始後です。
せっかく遺言書を作成したにも関わらず、遺言能力がなかったと認められれば、その遺言内容は実現されません。
遺言能力によって遺言書を無効にしないためにも、この章でご紹介する対処法を実践されることをおすすめします。
7-1.医師の診断を受けておく
遺言能力なしと判定されないためにも、遺言書を作成する前後に、以下のような医師の診断を受けておきましょう。
- 診断書を発行してもらう
- 長谷川式認知症スケールを受けておく
例えば、医師の診断を受け、認知症ではない旨が記載されている診断書を発行してもらえば、その時期の精神的な障害の有無・内容・程度を証明できます。カルテのコピーがあると、証拠としてさらに有効となります。
この際に、長谷川式認知症スケール(HDS-R)などの検査で、評価を受けておくのも良いでしょう。
長谷川式認知症スケールの評価項目は、日本老年医学会「改訂長谷川式簡易知能評価(HDS-R)」からご確認いただけます。
7-2.公正証書遺言を作成する
遺言能力なしと判定されないためにも、遺言書の形式は公正証書遺言を選択しましょう。
公正証書遺言とは、公証役場にて公証人が作成する形式の遺言書のことです。
公正証書遺言は、法律の専門家である公証人が、証人2名の前で作成するため、他の方式の遺言書よりも証拠能力が高く、法的に無効になりにくいというメリットがあります(遺言能力なしと判定されて無効になる可能性は0ではありません)。

ただし、すでに認知症が進行している場合などは、公正証書遺言の作成を断られることもあります。
このような場合は、医師の診断を受ける・秘密証書遺言を選択するなどの選択肢がありますので、必ず専門家に相談した上で対策をしましょう。
公正証書遺言について、詳しくは「公正証書遺言とは?法的効力・作成方法・費用・必要書類を解説」をご覧ください。
7-3.早い時期から遺言書を作成しておく
遺言能力なしと判定されないためにも、できるだけ早い時期から遺言書を作成しておきましょう。
遺言書は遺言者が満15歳以上のときに作成していれば、遺言能力があると認められます。
高齢になって介護が必要になってから遺言書を作成すると、遺言能力の有無が問われかねません。
遺言書は何度でも書き直すことができますので、早い段階で遺言書を作成して、定期的に見直していくことが大切です。
8.まとめ
遺言能力があると認められるのは、遺言書の作成時に、遺言者が満15歳以上で意思能力があると判定された場合です。
遺言能力なしと判定されると、民法で定められた方式で作成されていても、その遺言書は法的に無効となります。
終活の一環として遺言書を作成される方が増加していますが、高齢である場合や認知症が疑われる場合などは、せっかくの遺言書が法的に無効にならないよう、医師の診断を受けて公正証書遺言を作成するなどの対策をしておきましょう。
また、見つかった遺言書の遺言能力に疑問がある場合は、遺言書とは異なる遺産分割を検討できる可能性もありますので、なるべく早い段階で弁護士に相談されることをおすすめします。
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